■ 100年前の無音状態から「美しい」という男 2009-10-30(Vendredi) ジョルジュ・メリエスの映画をみていたら、騒いでいる人物のなかに、手話をしている男がいた。 ソファに横わたる女をみて、この男は「美しい!」と言っている。ただ、フランス手話というよりはアメリカ手話のような表現である。フランス手話の"Beau"はもともとは地中海沿岸の人々による表現から借用していると本で読んだことがあるけれど。これはサイレントで、もちろん音声はしないはずなのだが、わたしはこの映画から確かにこの声をきいた。 メリエスは19世紀末から20世紀はじめに映画を作っているから、もし、これが手話であれば、かなり古い記録の手話ということになる。18世紀からの手話は辞書なりテクストになっていて、紙を通して静止したイラストとなって、それが矢印やコマ送りのように表現され、ひとつのイメージをわたしたちに伝えている。 この男が聾であるか、そうでないか、手話を知っているか、知らないか、それはあまり重要なことではないし、確かめるすべも無い。 これは手話ではないかもしれない(しかしラストのところで手話ののような所作をみせる)、フランス人独特の身振りなのかもしれない。あえてこれを身振りと呼ぶことにして、この男が叫んでいる「美しい!」という言葉がたしかにわたしのもとに100年以上の時空をとおして伝えているということに注目しなければならない。わたしがフランス手話を知っていなければ、この男のメッセージを明確に感じ取る事はできなかったかもしれない。 なぜ、わたしは彼の音のないメッセージを受け取ったのだろうか?20世紀初頭という時代の身振り、そしてサイレント映画ということを大いに考慮すべきで、彼の身体がサイレント映画という、音のない環境のなかで、身体に潜んでいる聾という「属性」を増幅させているのではないかなあ・・・。その増幅をわたしがみた、と。21世紀は、生を受けている人たちすべてが備えている「属性」があって、突然欠損するとかではなくて、釣り竿のウキのように海面を浮沈している身体があって、わたしの身体にある聾は、あくまでも科学・医学的に炙りだされて固定されているにすぎない。 聾は身体そのものを指すのではなく、身体にまとわりつく属性なのだろうかと100年前の男をみて思った。 2009年 10月 30日(金) 23時16分28秒 己丑の年 神無月 三十日 戊申の日 子の刻 一つ |
■ ハイデガーのいう聴く/見る 2009-10-24(Samedi) 神奈川県立近代美術館が発行しているフリーペーパー「たいせつな風景」12月号でこんな紹介がされていた。マルティン・ハイデガーが『根拠律』で「聴くことは見ることである。一目で作品全体を見ることと、同時にすべてを聴くことは単一の行動である」といっているという。 ハイデガーが耳で聴く、目で見るという立場としたら、聴くことと見ることを同一性を見いだしているといえると思うのだが、盲であっても、目で見ているという形容になるだろう。でも、目はパノプティックに見渡せるけれど、それは聴覚でも可能なの?聴覚の世界って、すごく時間的で、時間を圧縮してみることはできないのではないかと思っていたのだから、ハイデガーの言葉にはちょっと戸惑う。すべてを聴くといわれると日本人ならば聖徳太子を思い出すけれど、十人の話を同時に聴くというのとも違う。音楽は時間とすれば、音楽と時間をひっぺがしてしまっている・・・。 盲の人は、触覚(デリダ)そのものだろうと思っていたのだけど、触覚は全体性を持っていない。人間の身体が丸いのだから触覚器官より大きな対象について一気に包み込もうとする触覚を持っていない。 ある人が日記で「頑張れない・・・」と書いていた。論文がなかなか進まないのだそうだ。その人はとても芯があって、気が強くて、しっかりしてそうな雰囲気があったけれど、新しい一面をみた気がする。だいぶ前だけど、ある図書館で見かけたときに名前を呼びかけて挨拶したら恋人らしい人と一緒だったせいか、無視されてしまったのを思い出す。 論文がなかなか進まないのは良いことだと思う。スイスイ進むためには進まない状況が必要なこともあるのだから。 そういえば、現在東博の法隆寺宝物館で聖徳太子絵伝が出品中。これは絵画史のなかで外せない作品。ひっそりと展示されている。 よい週末を。 2009年 10月 24日(土) 17時47分26秒 己丑の年 神無月 二十四日 壬寅の日 酉の刻 二つ |
■ 閻魔大王の巨大さと木札の小ささ 2009-10-17(Samedi) ああ、今日はキュッと冷える。 よく眠れたよ。ひさしぶりにまともな睡眠をとった気がする。 うかつにも大切な資料で紛失してしまい、資料整理をしながら探す。見つけたときはホッとしたけれど、原因は間違えて他の資料のところに混ぜてしまったこと。ひとつひとつが重要なだけに、場所も決めてあるのだが、するりと手を抜け落ちると大変な事に。 研究のために出かけたついでに東京国立博物館、「皇室の名宝」展へ。 知人と行きたかったのだが、メールしても返事がなかったので岩佐又兵衛の「小栗判官絵巻」を楽しみに一人で行く事に。 地獄のシーンははじめてみる。閻魔大王の巨大さと木札の小ささ。閻魔大王が小栗の首にかかる木札に筆を入れるシーンが圧倒的なボリュームで伸し掛かってくる。この絵巻、期間限定でいいから全部一挙に公開してほしいもののひとつ。 ところで、本館の歴史資料展示も皇室の名宝展とタイアップしていて、これも見逃せない。明治宮殿の建築に関する展示がされているのが興味深い。いいパンフレットも販売されているので買う。 根津美術館にもいく。 建築に注意すると、入ってすぐ竹がずらりと並ぶ回廊に出るけれど、竹はネジで固定されていて、上下端と、中心のところに3カ所。でも中心のところはネジが浮いていて、遠くからみると線にみえてしまう。竹を固定するとき、どう処理するか、ディテールの問題ではこれが解決案だったのだろうか?もっと工夫できる物ではなかっただろうか。たとえば、紐を使用する、横から留めるなど・・・。 展示されていた、からくり時計がみせるパノラマは興味深いと思う。根津は滝や水しぶきに関心があったのだろうか、滝に関する軸がいくつか出ているのに気付きながらみる。 よい週末を。 2009年 10月 17日(土) 17時30分36秒 己丑の年 神無月 十七日 乙未の日 酉の刻 二つ |
■ 夏から秋への歩み 2009-10-14(Mercredi) 水道水に手をあてて、秋を感じているこの頃。皆さんお元気ですか?僕は相変わらずです。 ここ最近なにかとバタバタしていました。今年一番のバタバタかもしれない。ともあれ、無事終了。 夏休みの思い出。知人の結婚式にて。カジュアルな感じの式で、スーツじゃなくていいというので、思いっきり水玉模様のシャツを来ていったら、中世イタリアの貴族みたいな感じで浮いた。 研究関係で明治期の資料を探していて、それはかつて存在が確認されているのだが、現在行方知れずになってしまった。なんとかして探さなければならない。「かつて」あったもの。資料も人もいつかは消えていくね・・・。 ところで、MIHO MUSEUMは美術館のなかで交通の便があまりよくないところだったが、ここは日本かなとおもうほどいいロケーション。若冲をじっくりみる。若冲って存命中から人気のある画家だったが、明治になっても名前は衰えず、法要が営まれていて、延々とわたしたちは世代を乗り越えて若冲を受け渡している。 でも、過去の人々と現在の我々が同じものをみているわけじゃない、絵って劣化してゆき同じ形を留めていない。絵だけじゃないけどね。移ろうなかで私たちはそのもののついて語っているが、その感覚にどう過去と照応できるのか、それがたぶんに歴史のおもしろいところ。 ギャラリー小柳で杉本博司展をみる。ひさしぶりにみたら、杉本のヴィデオも紹介されていて見入る。暗室での工夫っぷりは写真家というよりは職人のような人だとおもう。 『ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ』というタイトルの本。 http://www.amazon.co.jp/dp/4480426280 ゲーム文化やレヴューの本だけど、Je game moi non plusというフランス語で動詞にあたる、gameはgamerってなりそうだけど、もちろんこういうフランス語は無くてjouerなんだけど、タイトルから内容がわかるようにgameとしているのだろう。恋愛ゲームをしっかりやりこんでいておもしろい本だった。 幼稚園のとき、ぼくは耳が聞こえない子供だけを集めた施設(聾学校の幼稚部ではない)に通っていた。その先生が亡くなったという知らせを受け取る。もうかなりのご高齢で、長い事お会いしていなかったが、年賀状のやりとりをしていて・・・震えのない達筆な字かから元気を感じ取っていた。でもそれも途切れてしまうことになる。ひとつの時間が終わった、さびしい。 2009年 10月 14日(水) 12時45分49秒 己丑の年 神無月 十四日 壬辰の日 午の刻 四つ |
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