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この本は、読売新聞、朝日新聞を中心に「狂気」「神経衰弱」「ヒステリー」「外傷性神経症」「ノイローゼ」といった精神疾患の言説がどのように構成されてきたのかを記述した本です。精神医など専門家による言説について既往研究と接続しながらも、日本における一般人たちによってどのように精神疾患が知られ、流布していったのか、その経緯を史的に追うものです。そのため、一般人に読まれるようになった新聞記事(とくに小新聞)を重要な軸としています。
まず、著者は朝日新聞と読売新聞を採用した理由として、継続的に刊行されてきたこととデータベースの質が高いことを取り上げています。わたしもこれらのデータベースを使う機会が少なくなく、確かに有益なものです。ですが、検索にヒットさせるためのキーワードが読売は現代的なものなのに対し、朝日は当時の言葉をそのままあてているという、データベースの作られ方が違っています。著者はここに注意して、検索対象にする言葉を入力しています。
実は、読売のデータベースは入力漏れがあります。わたしがある事項を調べているとき、あるはずなのにどんなに言葉を入れてもヒットしない。もしやとおもってその事項に関する年月日の読売を出してみると書いてあった、ということがあります。記事のキーワードが入力されていなかった日付の新聞があるわけです。
二社によるデータベースはきわめて優れていますが、完全かというとそうではありません。著者も認めるようにこれで完全に収集できたのかを確認する方法が無いという問題が生じます。
そして、著者が選択したキーワードに「精神疾患」「精神異常」などを設け、朝日新聞向けのキーワードに「癲」「狂」があります。ただ、わたしが気になる点として「錯乱」もあってもよかったかもしれません。たとえば、「精神錯乱」といった具合ですが、これは明治20年代の新聞記事で見かけることがあります。ある画家が精神錯乱になってしまい、療養している・・・といった具合に。
著者は朝日新聞と読売新聞のほかに東京大学医学部図書館が所蔵しているという「スクラップブック」を活用したと書いていますが(60−61頁)、これと同等のものを東京大学のOPECで探しだすことができませんでした。図書館に登録されている正式名称や目録番号が著書には記載されていないため、どれなのか分からないのです。これはあとの研究者のためにも追加情報が欲しいところです。
素晴らしいと思ったのは、著書全体では、読売、朝日のデータベースでヒットする記事数やその内容の特徴について統計的な分析を行っている点です。データベースで検索を行い、ヒットした内容をもとに記事を収集し、読解したうえで分類を手作業で行い、統計的に分析することで、その傾向や変化を読み取ろうとしています。
たとえば、93頁の「表2−4 『読賣』事件記事原因別男女比(1874-1900年)」では、「発狂」の原因を読み取るためにその当事者の性別と発狂の原因を読み取ろうとしています。164頁の「図表3−5『朝日新聞』の神経衰弱関連記事における逸脱報道の割合」では、神経衰弱の記事のなかから見られる逸脱報道(神経衰弱やヒステリーになった人が起こしたとされる事件記事)の割合を分析し、神経衰弱が広まるなかで逸脱報道のウェイトは大きくないと結論づけている、というところがあります。このような方法はデータベースの特性をよく活用されていると感じます。
さて、大津事件について取り上げているのですが、犯人の津田について病歴が報じられ、癲狂とはなにかという視点がはじまり、そして精神疾患に関する知識が伝えられ始めたというくだりはおもしろいところです(134頁)。精神病院を探訪するというルポの性格を含んだ記事は、明治34年10月の記事より興隆するとしていますが(216頁)、これは京都盲唖院をはじめとする盲唖学校の訪問記より少し遅いタイミングですね。わたしとしてはタイミングの前後が問題なのではなくて、何かの施設を訪問して、記録にするというのは明治30年代に多く見受けられるように感じられるのがおもしろいところです。著者はこの背景として精神病院の整備と精神医学の確立を訴えると同時に、読み物としてイメージとして植え付ける戦略があるといいます。
263-266頁で取り上げられる平井金三はほんの少しですが、京都盲唖院にも勤務したことがあります。
関連文献。
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