明治時代の日本を知るための必読文献のなかに石井研堂『明治事物起原』と森銑三『明治東京逸聞史』があります。石井は1865年生まれ、ほぼ明治と同時に生きた人で、森は1895年生まれで、石井とはちょうど年が30年違います。

まず、石井から入りましょう。福島県立図書館での案内によると『少國民』主筆であったといいます。それで、『明治事物起原』は明治に特化し、それはいつ、どこで誰がしたのかということを幅広く収録した本です。引用先の文献も当時のものから引くという博捜ぶりが伺え、分野の幅広さがあります。細分化してしまった各専門の研究者が明治日本の「何か」について探るときに欠かせない本といえます。

ところで、この『明治事物起原』には大きく分けて3つのヴァージョンがあることに注意しなければなりません。

1、『明治事物起原』橋南堂、明治41年1月、522頁(国会図書館デジタル化資料として閲覧可能)
2、『増訂版 明治事物起原』春陽堂、大正15年、842頁
3、『明治事物起原 上・下巻 改訂増補』春陽堂、昭和19年、本文で1538頁、2000部のみ発行。

1、2、3をみると頁数が大幅に増えていることがわかります。内容を比較すると、1の初版では

人事、教育文芸、交通、軍事、実業、暦日歳時、病医、法刑、衣帛(いはく)、飲食、住居、器財小間物、遊楽、動植物

14類に分けられているのに対し、3の改訂増補では

人事、法政、国際、美術、音楽、宗教、教育学術、新聞雑誌及文芸、交通、金融商業、農工、軍事、病医、遊楽、暦日、地理、衣装、飲食、居住、器財、動植物

の21編になっており、石井が推敲を重ねるたびに分枝化していくパターンがみられます。
また、3つのヴァージョンで大きく異なることとして、1、2は著者の生前、3は没後に出版されている点にあります。3の末尾に弟・濱田四郎による文章があり、これによれば石井は3を編纂している途中に亡くなったといいます。1〜9の人事、法政、国際、美術、音楽までは初校が完成しており、宗教、教育学術、新聞雑誌及文芸、交通は組版中であったといいます。それ以降の部分が完成しておらず、尾佐竹猛が引き受けて出版したといいます。ですから、3は石井以外の手が入っていると理解するべきでしょう。

2は装幀が大変きれいで小村雪岱の装幀になるといいます。このブログで紹介されています。

なお、3については復刻版が3種類あります。
・『明治文化全集』別巻、日本評論社、1969年
『明治事物起原 上・下巻 改訂増補』春陽堂、国書刊行会、1996年(復刻版)
『明治事物起原1〜8』ちくま学芸文庫、1997年(復刻に加え、各版を参照、解説あり)

ちくま学芸文庫版が一番新しく、解説もあります。文庫版として新たに組版されており、厳密な意味での復刻ではありません。最終巻の8巻目に総目次があり、事項や人物名からひくことができます(簡略ではありますが)。ただ、全8巻でスペースを大きくとります。国書刊行会の復刻版は忠実な復刻で、解説など新たに付け加えられたところはありませんが、上下2冊で完結しているのでコンパクトです。ここは好みの問題でしょうか。

ちなみに、この本は『明治事物起』と誤記されることが多くみられます。また、京都盲唖院についても取り上げられていますが、初代院長・古河太四郎が古河大四郎と、太が大になっているというケアレスミスがあります。これはちくま学芸文庫版でも修正されていません。

次に森銑三『明治東京逸聞史』です。これは年ごとに起こった大まかな出来事を冒頭に記し、その年に起きた流行や出来事を雑誌や新聞記事から拾い集めるという、時系列に沿って編集されている本といえます。

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これについては東洋文庫のもの一択でしょう。オンデマンドでも出ているようです。緻密さにおいては『明治事物起原』に劣りますが、この本のすばらしいポイントはその時代の空気を感じられることにあります。明治の東京がどういう時代であったのかを大まかに掴みたいのであれば、『明治東京逸聞史』を手にするのがよいと思います。ただし、これは題名にあるように「東京」があくまでも中心であることに留意しなければなりません。そして文中には森が「わたしが子どもの頃は・・・」など自身の経験を織り交ぜていて、明治を生きた人のコメントがあるところも特徴です。

このように石井と森の著書は世代と編集方針を異にしていますが、目的に応じて選択するとよいでしょう。
話はそれますが、ビジュアルなものが好きな人には『ビジュアル・ワイド 明治時代館』もまとまっている本です。

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これも森のように時系列にまとめてあり、山県と伊藤の対立のダイアグラムも作られたりと視覚的な表現に訴えようとしている本です。明治を身近に感じるという意味では楽しい本といえるでしょう。

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