昨今、学術調査のためのフィールド・ワークに関する解説書が多く出版されている。これらに目を通すと、聾者・聴覚障害者には不向きな方法が提案されている。たとえば、インタビューを行う時の言葉遣いや録音の方法、聞き取りをしながらノートをまとめる方法など、聴覚を活用した調査が提案されていることが多い。そこで、聴覚障害を有するものがインタビューを行う際の方法について提案する必要がある。

また、インタビューを受ける対象者が先天的・幼少期に聴覚障害を有している場合、手話を主なコミュニケーション方法とすることがある。しかし、解説書では対象者が聴覚障害者であることを想定したヒアリング方法については全く述べられておらず、方法論の蓄積がされているとはいえない。

そこで、このブログにおいて箇条書きでまとめることでバックアップしたい。フィールド・ワークの基本的事項については、このページの一番下にある「7、参考文献」を参照してほしい。

1、インタビューにおいて必要なもの

太めのサインペン
記録のためのノート
筆談用の紙(A4が望ましい)
下敷
ビデオカメラ(相手が聾者の場合は二台あると望ましい(自分と相手を写す形式))
カメラ(対象者との記念撮影、資料を撮影する)
スキャナー(資料をスキャンする)
メジャー(資料の採寸)

2、事前準備

2-1、フィールド・ワークのために手紙、メール、ファクスなど視覚的な方法でやり取りをする。第三者を介するのではなく、できるだけ直接やり取りをすること。

2-3、コミュニケーションの方法の確認
対象者が手話使用者である、もしくは対象者が聴覚障害者・聾者からインタビューを受けることが初めてである場合、筆談か手話通訳を介した形など、インタビューする際のコミュニケーション方法について事前に確認する。
相手がご高齢の場合、字が読みにくい場合があるので、太めのサインペンに大きめの字でのびのびと書くことが望ましい。そのためにも筆談用の紙をきちんと用意する必要がある。

特に、対象者が先天的・幼少期の聴覚障害によって手話を主なコミュニケーションとする場合、書記日本語の習熟度が必ずしも高くないこともある。そのため、筆談オンリーと決めるのではなく、手話通訳の必要性を確認することが望ましい。依頼方法については対象者が居住する市町村の福祉課に相談し、手話通訳派遣施設を紹介してもらうことを推奨する。東京の場合は「東京手話通訳等派遣センター」が窓口となる。 

2-4、何のためにインタビューするのか、その目的を共有すること。

2-5、聞く内容の整理
「絶対に聞くこと」と「タイミングがあえば聞くこと」に分けて整理すること。

3、インタビューを始める時に

3-1 目的の再確認
対象者と面会した時、コミュニケーションが円滑に進められるかどうかも確認する意味でも、目的を改めて要約しながら説明しつつ、相互確認する。

3-2 記録におけるプライバシーの配慮
このインタビューでとる記録は学術上の目的であり、無断で公表はしないことを説明する。(記録方法については後述する)

3-3 答えたくない質問について
内容によっては回答しにくいことがある。これについて、答えられないことは答えたくないと意思表示をして良いことを伝えること。決して強制ではないことを伝えること。「答えてください」などと圧迫的な態度を絶対に取らないこと。

4、記録について

4-1、ノートの取り方
耳で聞きながらノートをとることができない場合、筆談に置き換える形でコミュニケーションを図ること。書いた紙はそのまま記録になるので、通し番号をつけ、保存すること。これをパソコンで文字起こしし、対象者に送付し、間違いがないか確認をする。

インタビューを行った日時、場所をノートに記入する。
ノートにはページを割り振る。

4-2、会話の撮影
対象者が手話使用者の場合は、手話を見ながらノートを取ることは難しいため、ポイントだけノートを取り、録画したものを見直して補強する。そのためにもビデオカメラで撮影することが不可欠である。
基本的には、対象者と自分を映すビデオカメラを2台設置することが望ましい。手話通訳者がいる場合も映るように配置を工夫する。なお、2台のビデオカメラを見直すときに時間軸がずれないように、カメラの設定時間を厳密に合わせておくか、お互いの身体の一部が入る形で同期できるようにしておく必要がある。

4-3、資料の撮影
資料を出されてきた場合は、許可をいただいた上で撮影すること。撮影の際はアバウトな状況が多いので、影が写りこまないように注意すること。一眼レフの場合はRAWモードで撮影し、後でホワイトバランスを調整できるようにしておくこと。

5、インタビューの手順
インタビューの目的に応じて「絶対に聞くこと」と「タイミング、時間があれば聞くこと」を整理しつつ、基本的には思いのままに語っていただく。研究内容によってインタビューの内容は千差万別であるため、ここでは列記しないが、身体障害が関わる場合は5-1〜3についてインタビューに含めることで背景を重層化させ、理解を深くすることに努めたい。

5-1、対象者についての基本情報
対象者の名前、生年月日、出生地、主な居住地、家族構成

5-2、対象者が身体障害者である場合、障害の程度や家族・外部との人間関係

5-3、対象者の学歴、職歴
もし対象者が身体障害者であれば、学校で教育を受ける状況(盲・ろう・養護学校(特別支援学校)に通学したのか、地域の学校か)
学校における教員・生徒など周囲との関係
学業を終えたあとの就職・転職状況

また、『渋沢栄一再発見! : 渋沢史料館のあゆみと名品』に掲載されている、御厨貴と清水唯一朗の対談において、オーラルヒストリーにおける心構えについて語っていいるところをぜひ参考にしてほしい。以下、対談の一部を引用しつつ、要約する。

御厨は(インタビューについて)中長期的に学問的なバックグラウンドを大切にしながら尋ねる方法を採用している。その聞き方は2つある。ひとつは生涯を丸ごと聞くやり方がある(中曽根、宮澤喜一の例)。これは時間がかかるので、10回から12回ぐらい、1回に2時間ほど聞いた。時間をかけるということはあまりつめないで1月に1回、2時間で12回。そうなると春夏秋冬の季節感が入る。春からはじめると、その人の季節感というのがぴったりあう。秋ぐらいから引退、冬に人生を総括するかたちになる。
聞くときに大切なことはその人の動線。あることが決定されたときにどういう部屋でどういう感じの時間に、時間と空間をどうおさえていくかは大事。文書ではわからない、雰囲気が分かるという。

清水は自分の世界観や仮説で聞かずに、話し手が考えていることをできるだけそのまま、偏見をいれずにお話いただくことが必要だという。インタラクティブインタビュー。作品にこめられているストーリーや思いを一緒に考えていくような手法。アートオーラル。

御厨は、聞きにくい話として、後藤田正晴の選挙違反を取り上げている。本人にきくのはやりにくいから若いメンバーを連れていってきいてもらうという手法を採用したという。後藤田は「君、そういう失礼なことを聞いちゃいけないよ」と言いながらも、冷静にお話をしたという。大切なのは、興味本位であるというふうにはなってはいけない。これを聞かなかったらだめだということを真剣にいうしかない。あんまり手練手管をめぐらせるのではなく、すぱっといったほうがいい。空間についての意識して話を伺うこと。どういう建物のなかでどういう空間のなかで過ごされていたのか、伺うことが大切。
清水は、残念なのは「ある資料にこう書いてあったんですが、本当にそうだったんですか」と質問されるものもあるという。それはあまりにも聞き手の仮説を証明しているだけだろうと残念に思うし、話されている方に申しわけないという印象。裏をとるためだけにいくのは失礼なこと。

6、インタビュー終了後

6-1、記念写真の撮影
インタビュー終了後、記念撮影する。どのような人に話を聞いたのか、説明したり、論文・研究発表において有効な表現になる。

6-2、謝意
時間を取ってくださったことについて、謝意を伝える。
文字起こししたものの確認についてやり取りをする。

7、参考文献
フィールド・ワークの基本については以下を参照してほしい。

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