蟹を埋める

Posted on 2018/03/19

2018年3月16日。夜に買ったアサリを砂出しをするべく、塩水に浸す。

2018年3月17日。朝、アサリの砂が出ていることを確認し、洗ってパックにつめると網の中に丸いものが引っかかっていた。

白く、半透明の蟹だった。

わたしはそれを手に取るとモゴモゴと弱々しく動いた。とりあえず生魚の切れ端を与えたけれども食べようとしない。

この17日は危口統之さんが亡くなって一周忌にあたる。危口さんが亡くなる時、悪魔のしるしは「蟹は歩く」というcancerと蟹をかけ合せたタイトルの演劇の準備をしていたので、命日に蟹が出てくること自体、何かの巡り合わせかなと思った。トレイに残し、海水と同じ濃度の水を少し垂らしておいた。この日は休日ということもあり、論文のためのダイアグラムに集中しようと決めていた。

18日、蟹は死んでいた。

わたしは蟹をキッチンペーパーで包み、久しぶりにお互いの母校に行く。わたしはかつて、住んでいた家を立ち退きされた時に小さな庭に残された梅の木をこの大学に移植している。その移植に参加してくださったのが危口さんだった。

梅の木は元気だった。根元を少し掘り・・・。

蟹を置く。もう歩かない蟹を。

もう、歩かない。

もう…

そう思ったとき、もう歩かず、立ち止まっている危口さんの後ろ姿を思い出して近況を簡単に報告する。

「悪魔のしるしの人たちや危口さんの友達のことはあまり知らないけど、みんな頑張っているみたいだよ。」

彼の肌黒い首筋…。近づくと染みたタバコのにおい。わたしに気づくと「おおっ」と少し肩を後ろに構えるあのいつもの身振りを。

涙がこぼれそうになる前に立ち上がる。亡くなったとき、危口さんのかろやかさを忘れないと書いた。そう、あのかろやかさを。

わたしは、歩く。かろやかに。

きっと、蟹は危口さんの使いか何かだったんだね。

春の空を見上げながら。

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