長谷川利行と東京市養育院

長谷川は人生の最後で倒れ、行病人として東京市養育院に入院した。
胃がんだったという。養育院から矢野文夫に手紙を出し、矢野はすぐに駆けつける。
以下、矢野がまとめた『長谷川利行全文集』の書翰の部分に収録されている回想。

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私はベッドに吊りさげてあるカルテを盗み見た。「長谷川利行、当五十歳、行路病者」と読まれた。「庭に出よう」と長谷川はいい冷飯草履を突っかけてよろよろ立ち上がった。一箱の「光」〔煙草の銘柄〕を大切そうに懐に入れながら。
暗い病室の廊下をしばらく歩くと彼は立ち止まった。
「あっちが女のいる室で、グロなのがいる。一寸行ってみましょう」と彼は私たちを誘った。「呑気なこといってるな」と私は思った。遠い廊下の果てに黒い虫のように、影絵のように、零落した女たちが左往右往している姿がみえた。
「いや、もう沢山だ。しかし、君は歩いたりしていゝのか」
「いやかまわない。外に出よう、裏に花畑がある」
庭に下りた。黒すんだ葉桜が強い風に吹かれていた。木の腰掛に腰かけさして、私は二、三枚写真を撮した。「長谷川は死ぬ」という暗い予感が、頭の底に凝血していた。そういう予感で冷酷にカメラを向けることが何か悪魔的な所業に考えられ暗譫とした。長谷川は、まるで裁かれる被告のようにつゝましく腰掛にこちんとかけた。白衣から三、四寸露出した脛が蚊のように細く、見るに堪えなかった。
烈しい風が砂塵をまきあげていた。広い空地の一隅に薔薇の垣根で境をした花畑があった。
「二、三日前まで、綺麗なバラが咲いていたんだけれど、みんな散ってしまった」と彼はいった。萎れかゝった黄色いバラが、それでも、一、二輪乏しい花をつけていた。「みんな散ってしまった」と私は胸の中暗譫として彼の言葉を繰返した。
花圃には白い雛菊(マーガレット)の花が一めんに咲いていた。
「その花の中にしゃがめよ、一枚撮ろう」
一枚うつすと、彼は、突然大声を発した。それは烈しい怒りに燃えた何とも言えぬ不気味な動物のような唸り声ともきけるものであった。
「糞ッ! 死んだろか!」
ごろっと花の中に仰向けにひっくりかえった。白眼をむいて、抉るように私を鋭く凝視した。瞬間、私は冷酷にカメラを向けた。よろよろと彼は起き上がろうとした。からだに全くちからがなかった。幾たびも無駄な努力をして、その度に花の中に仰向けに転んだ。花を撒きちらした寝棺 — 不吉な予感が稲妻のように私の背筋を走った。空は明るく晴れていた。白い雛菊は「死」のように静かであった。
 
『長谷川利行全文集』(306-308頁)
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東京市養育院はその立場上、収容される人の記録が残ることは稀であり、養育院の内部が見える機会はそうそう得られない。長谷川の最期は身寄りもなく、ここに担ぎ込まれる形となったが、それはある意味では彼の筆の輝きが、東京市養育院のある日を照らすことでもあったのだ。
矢野が養育院を出てしばらくして、長谷川は手紙を出し、手術は成功したこと、また退院後は故郷の京都に帰って暮らすという。だが、京都にいる父は既に亡いのだから、これはもはや長谷川の夢ではなかったか。

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