20220107

朝、タブレットで新聞を読みながらコーヒーを飲む時間が、一日のエンジンをかける時間になっている。朝光がびたびたに残雪をとかしている。窓から見える外のアパートの屋根にカラスがいて、残った雪を蹴とばしていたのが人間っぽくみえた。作業で必要になったSDカードを部屋の中で無くしてしまい、探すも見当たらない。中身はバックアップしてあるのでデータは大丈夫なのだが、肝心のカードをどこに置いたものか。年末の大掃除のときに間違えてゴミ箱に入れてしまったのだろうか、なんともすっきりしない。懸念の研究計画について時間をかけて検討をする。本文を手直しするか、史料を検討するかを考え、後者を選び、史料を閲覧できるように準備を進める。
『ショア』2枚目をみはじめる。まだ全体の半分にも達していないが、このあたりで風景と関係者の語りが交互にあらわれるのに気づく。風景は、ユダヤ人収容所跡に建つモニュメントや墓という人影がほとんどないものと、駅舎や街中といった人のいるものがある。収容所関係者を盗撮し、インタビューをしているシーンがあるが、ガス室での殺人と、どんどん送られてくる収容者、遺体の処理が間に合わずに建物の横に遺体を積んでいたという回想がおぞましい。その積まれた遺体の山から血などが流れ出て悪臭を放っていたという。これは人類だけでなく、大地をも蔑ろにすることではないだろうか。大地を蔑ろにするというと、写真家ルイス・ボルツの“Candlestick Point”というアルバムも思う。放置されたサンフランシスコの海岸を埋立地にしたところで、廃材やタイヤがゴロゴロしていた風景を撮影した写真だ。夜のカーテンから外を見やる。朝はあった雪は溶けていて、昨日の風景がまぼろしのように思えた。だがまぼろしではない、確かにそれはあった。


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