3月16日。日記を書かねばならないのに3月があっという間に半分になってしまったのであせっている。3月5日にシュワー・シュワー・アワーズを終えることができ、ACYに課せられていた最終報告会も10日に終えることができた。執筆や書類作業、いろいろと締切を乗り越えてきているところにある。
あまりにも世の中の動きがめまぐるしい。どのニュースもロシアのウクライナ侵攻のことを逐次伝えているからだ。NATOの存在、ロシアの政治思想・歴史が複雑に絡んでいて、今日はロシアが欧州評議会を脱退したという報道。戦争から4週間が経とうとしているが、まったく収まる気配はなく、ウクライナ国内にある原子力発電所も攻撃されている。状況は膠着しており、日が経つにつれてロシアの立場は危うくなるばかりだが、南東部で着々と領土を占領しているのでどうなるかまだわからない。わたしはかつて、「知覚のクラッシュ」という論文で、辺境について権力が及びにくい曖昧な帯域だと引用して書いた。わたしたちの生活圏において、リキッドに作用しうる辺境の重要性を今回の出来事から思う。
昨日はロシア国内でも国営の「チャンネル1」に戦争反対と書かれた紙を掲げたスタッフが登場し、「プロパガンダを信じないで。ここの人たちは皆さんにうそをついている」と書かれた紙を掲げた。ツイッターをみると彼女を讃える内容がみられるのとうらはらに、キャスターが平然としゃべっているし、カメラも微動だにしないために強い違和感が残る。この紙を掲げたスタッフはいったんキャスターの後ろ側に立ったのに、すぐに横に移動している。書かれたメッセージがキャスターの頭に隠れてみえないのに気付いたようだった。つまり、スタッフの視線にはリアルタイムのテレビ画面が確認できたのではないか。そのことを考えると、キャスターが背後に気づかないことはありえないことで、カメラも反応しないのは違和感があった。彼らの感覚がスタンしているかのように。
前後する。10日は受けている研究助成でメンバーとひさしぶりにzoomをして、今後の計画について共有する。春になったら内輪で研究会をすることになったので、それまで集中しないといけない。
12日、江ノ島まで杉山和一ゆかりの跡を追うために友達と出かけた。その内容はこちらでも書いた。江ノ島は藤沢宿から逸れて参詣するコースにあって、目前に海が開けるとともに島が姿をあらわしてくるというパノラマがおもしろい。高橋由一が江ノ島を描いたとき横に細長かったことを思い出す。
13日にウィリアム・ハートの逝去が報じられた。ろう者のコミュニティではマーリー・マトリンとの共演である『愛は静けさの中に』で知られる俳優。2009年に出版された、マトリンの自伝”Ill Scream Later”もあらためてニュースになっていた。それはハートから性的虐待を受けていたことがあるというもの。この自伝によれば、マトリンは彼との2年間の関係を共依存(codependent)だったと表現している。交際当時、ハートは飲酒をコントロールできずにいたこと、マトリンはコカインやマリファナをしていたことも。二人の関係はスイッチのオン・オフが激しく、感情的なものだった。
また、初恋の男性をはじめ、マトリンの恋愛遍歴も書かれているのだが、しかしそうした内容だと読むべきではなくて。現在を生きる、ろう女性の内面が伺える点がこの自伝の重要なところだろう。1988年のアカデミー賞の主演男優の授賞式のこと、マトリンは前年に主演女優賞を受賞しているのでプレゼンターをしている。その候補にウィリアム・ハートがいて、彼に受賞してほしくないと思っていたという。すでに破局していたが、それでも。しかしそれ以上にマトリンはろう者が口のきけない(mute)という思い込みにたいして、「声を出して話す」(aloud)することを決めていたことに意識があったようだ。プレゼンする前に言語聴覚士とトレーニングをしたという、そのときの映像が上に載せているもの。
また、印象的なのはミシェル・ファイファーと結婚したデヴィッド・ケリーとのエピソードだ。マトリンとケリーが恋人となり、ふたりの関係が深まってゆくと目と口による会話になってしまい、コミュニケーションがかえって難しくなったという。マトリンによれば、my languageつまり手話をケリーに覚えてもらい、ろう者の世界に入ってもらう必要があったけれど、ケリーが成功していくにつれて二人の関係が悪くなったことが書かれている。異なる身体、文化、言語、コミュニケーション方法によってすれ違いが起きることは、マトリンだけの経験ではない。ロシアとウクライナのように二者のあいだにある世界の同化・異化がけたたましく揺れぶられているのにわたしたちは巻き込まれている。
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