20220419

Posted on 2022/04/19

4月19日。ポストを開けると、厚みのある封筒で古書店の名前が印刷されていた。手にした瞬間にわかった。少し前に頼んでいた社会福祉関係の本だなと思う。机のうえにちょっと置きっぱなしにして、お茶をいれてから袋を破る。タイトルは『社会福祉の〜』で始まるものなのだが、袋から出てきたのは『社会福祉を学ぶ』だった。初めてみる表紙、著者名。パラパラめくると中身も求めている本のそれではない。

まったく記憶にないことだ。わたしはこの本を注文した覚えはない。袋をさぐって明細を取り出すと、たしかに目当ての本の名前があった。古書店が間違えて他の本を送っているのだった。双方において予定されていなかったことだ。頼んでもいない本が手元にあることや、明細にプリントされている書籍名との不整合さ、この本が欲しいのではないというわたしの意思といったことが目的地につながる楔として繋がるように点在している。ほんらい起こるべきことが起こらず、別の出来事が起こったという事象を理解する拠り所になっているということだ。それらの楔を見て、わたしはどうしたら目的とするあの本が手に入るのかという方法を見つけようとする。登山家が他のルートを探したり、車がほんらいのルートから逸れて別の道に入らざるをえなくなり、そこから元のルートに戻るための方策を見つけるまでのあいだのようなことだ。予定されなかったことを現実のタイムラインにつなげるための間とでもいおうか。わたしは古書店に違うものが届いたことをメールしようと判断するまでのあいだ、ほんの数秒もかかっていない。連絡をすると「調査します、折り返します」という旨の返信があったから、向こうも同じような気分になっただろう。ほどなくして交換に応じるという返信があった。

Be the first to leave a comment

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。