4月21日。図書館でリサーチを終えたわたしは外にでたとき、傘を忘れたことを濡れた路上をみて気づいたのだった。道に出るとナトリウムランプのオレンジに染まった水玉が軽く肌をうつ。その連続する水の運動が何かを思い出す、傘がなかった時の気持ちのことを。少し前のことになるが、グラスゴーの西にヘレンズバラという街がある。そこにはチャールズ・レニー・マッキントッシュの設計になるヒルハウスという住宅があるのだった。曇りの日だったが建築に美しさに見とれて昼下りに出るころは止みそうにもない雨が降っていた。そのとき、傘を持っていなかったことを思い出したのだった。というのも、昨日あたりだったか、傘をエディンバラ行きの電車のなかに置き忘れてしまい、取りに戻ったときはもう無かったのだ。その日はヒルハウス近くのヘレンズバラ・アッパー駅までの鉄道が終日止まっていて、1マイル(1.6km)歩いた先にあるヘレンズバラ中央駅から臨時のバスに乗らないといけないのだった。首をすくめながら道を歩く。髪が、ジャケットが、カバンが、靴が水で滴っていった思い出のことを。そうした、タンスのなかに蔵われていた記憶が開けられたのは雨によってであった。
コメントを残す