少し開いた戸の向こう側 — 志村信裕《Nostalgia, Amnesia》(2019)

国立新美術館で配布された、21st DOMANI・明日展の配置図・出品リストを見て、志村信裕の展示場所を確かめると、こう書いてあった。

Nostalgia, Amnesia
2019
シングルチャンネル・ビデオ、サウンド、約40分

「約」という数字がもつ意味は、この作品が公開にあたりギリギリまで作られていたことを示しているのかなと思った。出品リストにおける映像の表示で「約」というのは見たことはなかったからだ。

以前、わたしは志村の《見島牛》を森美術館で見たときのことも書いた。あれから数年が過ぎた。そんなことを考えながら、展示を見て歩く。

ところで、あなたは夏目漱石の短編『永日小品』を読んだことがあるだろうか。これは漱石の思い出や日常が連作になっていて、漱石独特の質量の軽重のコントラストがよく表現されている。このなかの「行列」という章がすばらしい。これは漱石のいる書斎の戸が開いていて、そこから光や子供達が歩いていくのが見えるという、漱石の日常を切り取ったシーンだ。冒頭だけ読んでみよう。

広い廊下が二尺ばかり見える。廊下の尽きる所は唐めいた手摺に遮ぎられて、上には硝子戸が立て切ってある。青い空から、まともに落ちて来る日が、軒端を斜に、硝子を通して、縁側の手前だけを明るく色づけて、書斎の戸口までぱっと暖かに射した。しばらく日の照る所を見つめていると、眼の底に陽炎が湧いたように、春の思いが饒(ゆたか)になる。

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紙をかき分ける — 村上友晴展「ひかり、降りそそぐ」

村上友晴展「ひかり、降りそそぐ」を見る。

これは絵画というよりは、一人の織りかさなる祈りのように思えた。

村上の祈りのあいだを歩きながら、わたしは点字のことを思い出していた。点字は、裏側から書く言語である。点字板に紙を挟み、針に似た形状の点筆を使って裏側から紙を向こう側に突き出しているからだ。紙を圧延するものである。紙の表面を凸のパターンにすることで、文字を触覚で読めるようにしている。その意味で点字は厚めの紙を必要としている。 Continue Reading →

風景の分解不可能性 — 「Hyper Landscape 超えてゆく風景展」

「Hyper Landscape 超えてゆく風景展」にて

 

ワタリウム美術館にて「Hyper Landscape 超えてゆく風景展」をみた。

この展覧会は梅ラボとTAKU OBATAの二人展となっているが、4階にあるTAKU OBATAの映像作品がおもしろい。ストライプに彫られた木のキューブが落ちていく瞬間をハイスピードで撮影している映像。落ちるキューブを撮影するアングルを変えて組み合わせているため、「横に落ちる」「上に落ちる」「奥に落ちる」といった加速度の表現が同時発生的に可能になっている。そうであるなら、電車が並行している状況や何かが飛んでいる状況とみなすこともできるし、台風で倒れそうなほどに揺れる木の枝のことも想起されよう。そうするともはや木のキューブは木ではなくなってしまう。今でも変わらないが、わたしたちは木に霊魂があることを強く信じている。それは別の意味では、擬人法ならぬ、木の擬物法であって木に加速度を加えることによって、物質性を託すことができる。

梅沢和木の「windows0」という立体作品はパソコンのディスプレイをもとにしている。これは前にも展示されたのを見たことがあったけど、ここで見るとワタリウムの展示空間そのものを凝縮した作品に見えるところがおもしろい。それとヒエロニムス・ボスの絵画のようなキリスト教の世界に基づきながらも得体の知れないものたちがいるが、あのようなわたしたちの感覚では感知できない存在への慈しみを梅ラボの作品から感じる。この作品は撮影禁止だったけど、作家本人が紹介しているものはこちら。これを作った当時、梅ラボは高校一年とのことでパソコンを買ってゲームなどいろいろとやっていたそうだ。 Continue Reading →

背中の思い出 あるいは、思い出の背中 — 村瀬恭子

村瀬恭子《In The Morning》
(1998、村瀬恭子展にて(ギャラリーαM))

 

ときおり射抜かれるような展覧会に出会うことがある。それはしばしば展示室に入った瞬間に決定される。ギャラリーαMにて「絵と、  vol.3 村瀬恭子」はそんな時間だった。

村瀬はグラファイト、色鉛筆、油彩をミックスしながら描いている。それらはざらっとした感触のコットン・キャンバスもしくは紙のうえで表現しているが、薄く伸ばしていて、じわじわとお互い侵食しているような描き方は琳派の人たちを思わせるところがある。
また、これらのメディウムの使い分けによって、奥行きや描かれていないはずの色が描かれている。わたしたちが子供の頃から持っている様々な空想の物語のイメージを仮託する容器たりえている。

何よりも語らなければならないのはこの絵だろう。

《In The Morning》(1998)だ。 Continue Reading →

筒井茅乃とヘレン・ケラー

今日は8月9日。
アメリカのボストンにあるパーキンス盲学校のアーカイヴスにはヘレン・ケラー宛への手紙が多数デジタル化されているのですが、その中にこんな手紙がある。
まさに、今日読むべきものだ。

————–
ヘレン、ケラー先生 Continue Reading →

偶発の組成 — 地主麻衣子「欲望の音」

Art Center Ongoing「53丁目のシルバーファクトリー」にて

HAGIWARA PROJECTSにて「欲望の音」スクリーニングを見る。上映が終わった時に思ったのは、ようやく地主麻衣子の作品に浸かったような気がする、言い換えると地主の作品がようやく身体に沈殿していくことが感じられるということだった。わたしが地主の作品を初めて見たのは黄金町バザール2014だと記憶している。

さて、「欲望の音」とはなんだろうか。作家本人が一部をVimeoにアップロードしているものはこちら。 Continue Reading →

思い出の触覚 − 椋本真理子「in the park」

国分寺のswitchpointへ。

椋本真理子の作品には、ニュートラル、非場所性、人工、といった言葉を思い浮かべるだろう。わたしもその一人だけれど、わたしが考えるのは水である。まず、水は椋本の彫刻において登場する回数が多い。また、椋本の作品の中で《private pool》という作品に一番感銘を受けているからというのもあろう。プールの表面を象ったような作品でいて、彫刻としてのプールサイドは存在しておらず、水そのものが現前している。

なぜ、水なのか。ロレンス『黙示録論』では、古代人の意識として、触れるものはテオスであるとしている。引用しよう。

「今日の吾々には、あの古代ギリシャ人たちが神、すなわちテオスという言葉によって何を意味していたか、ほとんど測り知ることは出来ない。万物ことごとくがテオスであった。(・・・)ある瞬間、なにかがこころを打ってきたとする、そうすればそれが何でも神となるのだ。もしそれが湖沼の水であるとき、その湛々たる湖沼が深くこころを打ってこよう、そうしたらそれが神となるのだ。」 Continue Reading →

瑞々しさの基準

宮城県・多賀城市にて。

何かに対する判断基準として、それが瑞々しいかどうか、というのがある。

ある機関で史料調査したときにひょっこりと紛れていた資料と出会った。それは鳥山博志『死の島ラブアンからの生還』だった。とても薄い私家本で、元は潮書房「丸」別冊3号(太平洋戦争証言シリーズ、1986年)を製本したものらしい。この冊子の最後に、鳥山さんはこんなことをした、と年賀状の内容を紹介している。書かれたのはおそらく1980年代であろう。

紹介してみたい。

 

「(前略)昨今、戦争の本質をあいまいにする危険な風潮を感じはじめたからです。国の動きの中にも・・・

憲法第九条は、先の大戦で戦没した二百十万人の日本人が私たちに残した遺書です。私は生ける証言者として、この遺書を守り、故郷を遠く離れて、護国という名目のためにジャングルの土となった人びとの言いたかった訴えたかったことを、その本当の心を代わって語り伝えていきたいと思います。戦没者の鎮魂は、靖国にあるのではなく、戦争の実態を明らかにすることの中にあります。反戦反核の決意を新年のご挨拶といたします。鳥山博志」

 

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もぎとった果実のように、声を手渡す — 石牟礼道子

石牟礼道子『苦海浄土』『神々の村』『天の魚』を読了する。言わずと知れた、水俣を描いた三部作。

樹木から果実を取ったように、石牟礼が取る声が生(キ)のまま。それは文字という濾過を介していない。紙の上に、声じたいとして留まっている。人の声を一度すら聞いたことがないわたしにとって、その声は石牟礼が書き取るというよりは、石牟礼の手から絡め取られた声を手渡しされたように思える。

声の手渡し!

それが可能なのは、ひとつは方言なのだろう。その土地にまみれた口から出てくる言葉がある。標準語という極めて政治的な言語体系を逆行してやってくるからだ。 Continue Reading →

島嶼‧地動‧重生:921地震十五周年特展

去年12月、台湾歴史博物館で1999年9月21日の震災をテーマにした展覧会「島嶼‧地動‧重生:921地震十五周年特展」をみた。あの震災から15年が経過したことで、現在はどのようになったのか、当時の映像や救助状況、遺族の写真、建築の破壊状況を平衡感覚を狂わせるようなスライドとともに展示するという内容。被災された方々が現在どうしているのかというモノクロの写真群がもっとも記憶に刻まれる。

繋がらない男女 — 齋藤陽道×百瀬文

2014年9月13日、ギャラリーハシモトで齋藤×百瀬のイベントにて。何を行うのかは事前に告知されず、それゆえに見てみたかったのだけれど。

本来、この企画は19時に開場するとアナウンスされていたが、一日前になってギャラリーからメールで19時半から開場するということが伝えられた。こんな文面である。

各位

お世話になっております。
この度は「ことづけが見えない」関連イベントにご予約いただきありがとうござ
います。

明日のイベント開始時間ですが、準備の都合上
19:30~となりましたので、ご了承くださいませ。
イベント自体は、1時間程を予定しております。
受付は、10分前より開始いたします。

お席のご案内は、先着順とさせていただきますので
立ち見の可能性がありますこと、ご了承くださいませ。

狭いスペースの為、ご不便おかけすることもあるかと思いますが
どうぞ楽しみにいらしてくださいませ。お待ちしております。

ああ、そうなの、とその時は思っていた。 Continue Reading →

二人から撮られる — 齋藤陽道と百瀬文

齋藤陽道。
百瀬文。

二人はわたしのなかでは、別の繋がりにいた。齋藤くんとは青山で会ってそのままマックに流れ込んだときの付き合い、百瀬さんとは彼女の個展をきっかけに。その二人が、東日本橋のギャラリーハシモトで展覧会をされている(27日まで)。わたしにとっては交差点のような風景が感じられる。そう、鋏の支点のような出来事だった。
二人の人生はここで交錯して、そしてまた離れてゆくのだろう。交錯したことを祝いたい。

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俺式札幌国際芸術祭での食事

7月21日から26日まで札幌に滞在していました。
ちょうど、札幌国際芸術祭(SAIF)が開催されているときです。といっても、仕事がメインでSAIFをみるために訪問したのではありませんでした。なので、展示をみたのは21、25の夜、26日だけでした。ここでは、SAIFをご覧になる方にむけ、情報を記しておきます。 Continue Reading →

唇を読むことを依頼する恐ろしさ ― アンリ・サラ

東京国立近代美術館「映画をめぐる美術 ― マルセル・ブロータースから始める」をみる。真っ黒なカーテンが通路を覆うのは、デヴィッド・リンチ「ツイン・ピークス」を思わせる。その先には光があって、何かが動いている。ムービーや写真である。

今日はこのうち1つ、アンリ・サラ《インテルヴィスタ》をとりあげる。この作品は、サラの母が政治的な活動をしていたときのヴィデオフィルムを発見し、母にみせる。それには母へのインタビューもあるのだが、音声がなく、何を言っているのかわからない。母は自分が何を言っているのか知りたいという。そこで、サラはインタビュアーやカメラマンに会い、母のインタビューの背景にあるものを探っていく。 Continue Reading →

ミケランジェロ「階段の聖母」における聖母の身振り

国立西洋美術館でミケランジェロ展がスタートしました。今年、わたしがもっとも楽しみにしていた展覧会のひとつです。この展覧会においては、階段の聖母(カーサ・ブオナロティ)が目玉とされています。

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宮崎駿「風立ちぬ」の感想

宮崎駿「風立ちぬ」の日本語字幕版が公開されたので見てきました。場所は横浜ブルク13、シアター5。席はI-11。真正面にスクリーンがあって、見やすい席。

見終わったあと、二郎と菜穂子はずるいなと思った。

ポール・ヴィリリオはこう書いていたのを思い出す。

「見るのではなく飛行する、それが映画だ」 Continue Reading →

マストの帆のようにはためく絵 ― 三瀬夏之介展

夏の薫風のままに。

平塚市美術館の日本の絵 三瀬夏之介展へ。三瀬夏之介さんのサイトもある。入口に芳名帳が置かれてあり、日本美術史・辻惟雄さんのお名前があったのをみた瞬間、入口にかけられている作品が一気に、何百年も時を過ぎた作品だと錯覚した。それは近世を中心に活躍された辻さんが、わたしと三瀬さんの作品を遠くに連れていくようだったから。

展覧会のフライヤーは完成作や目玉を掲載しそうなものなのに、この展覧会では製作中の写真を掲載していて、人の大きさとの対比や無機質な足場が爆発しているかのような絵の前にそびえている。なぜそう思ったのか自分でもわからないのだけど、あの終わりの見えない福島原発とそれを覆っている構造体と重なっているようだ(ちなみにこれは本展での写真ではなく、青森公立国際芸術センター青森で撮影されたもの)。

一体何人ぐらい訪れるのだろうとおもい、スタッフに尋ねると、一日に500人ぐらいみえるという。盛況ではなかろうか。 Continue Reading →

絵画と街とわたしの切れ目 — 今井俊介

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keyword:HAGIWARA PROJECTS/今井俊介/初台

2013年 4月 28日(日) 20時23分12秒
癸巳の年 卯月 二十八日 甲子の日
戌の刻 三つ

瞽女とざらつき

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keyword:橋本照嵩/瞽女

2013年 4月 03日(水) 22時41分23秒
癸巳の年 卯月 三日 己亥の日
亥の刻 四つ

「盲」と接続する(ソフィ・カル展)

原美術館で開催されているソフィ・カル展をみにいく。
彼女の盲人を撮影した写真というのは、わたしにとっては京都盲唖院のすでに忘れ去られた人たちのような存在をあらためて召還しているようにも思えた。障害者の記録として、というよりも、目が見えないという盲の身体が織りなす物語が明治から平成に連続しているということなのだと思う。

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エリヤと天使(ルーベンス展)

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rubens_angel“Le prophète Elie reçoit d’un ange du pain et de l’eau”(vers 1626/1628)
ペーター・パウル・ルーベンス《天使からパンと水を受取る預言者エリヤ》

keyword:ルーベンス展/bunkamura

2013年 3月 25日(月) 21時39分31秒
癸巳の年 弥生 二十五日 庚寅の日
亥の刻 二つ

理想の醜さ

20130325

kewword:TOKYO ANIMA!/最後の手段/深山にて

2013年 3月 25日(月) 00時08分24秒
癸巳の年 弥生 二十五日 庚寅の日
子の刻 三つ

松木武彦『列島創世記』- 岡本太郎がみた火焔土器について

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この本は話題になり、サントリー学芸賞を受賞しておられるため、あちこちで言及が見られます。とりわけ、このブログでは細かな応答までされていますので、ここでは要点のみ述べておきましょう。
まず、この本の指針は3つにまとめられると著者の松木武彦さんはいいます。

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ミケランジェロ《ピエタ》におけるキリストは死んでいるのか?

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篠原治道『解剖学者がみたミケランジェロ』(2009)ではサン・ピエトロ大聖堂の《ピエタ》において、キリストは「死んでいるのか?」ということを論じているところも面白いところです。これを観察すると、右の膝から足首にかけて、筋のシルエットがみえるといいます。これは筋収縮によるものであるといいます。これは生存している人にみられます。
また、それはマリアの右手が「キリストの右の側胸部から腕にかけて脇の縁を豊かにたわませている」ところで、これほど豊かなたわみとなると、生存している可能性が高いとします。
また、「キリストの右手の甲には指の付け根から手首に向かって次第に粗くなっていく、菱形(りょうけい)をした静脈の網目が微妙に表現されている」といい、これが浮き出ているということは呼吸があるはずで、生きているはずだと結論づけます。このようにピエタを観察し、筋収縮、たわみ、静脈の3点でピエタは生きている、と篠原は考えているのです。

Scala miche

ミケランジェロが16歳のときに制作した《階段の聖母》(カーサ・ブオナロッティ、フィレンツェ)においては、右足に力が入っているところで、土踏まずの形からみて、マリアはこの場を立ち去ろうとしているところであることを指摘しています。

2013年 3月 20日(水) 22時40分08秒
癸巳の年 弥生 二十日 乙酉の日
亥の刻 四つ

ミケランジェロによる男性器(陰茎・陰毛)の表現について

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篠原治道『解剖学者がみたミケランジェロ』(2009)を読みました。この本はタイトルの通り、篠原がミケランジェロの幼年期と彫刻について解剖学的に論じるというものです。美術史では見えてこないいくつかの要素があるといえるでしょう。

LLでは木下直之『股間若衆』をご紹介したことがあります。この本は絵画と彫刻における裸体像の性器の表現をめぐる政治的・倫理的な面を取り上げています。この本に関連して読むことができるのが『解剖学者がみたミケランジェロ』で、具体的には、ダビデやキリストなどの彫像やシスティナの天井画における裸体の陰部の表現です。
木下の同書では主に近代日本における様相を扱っていましたが、ルネサンス美術の一例としてミケランジェロを取り上げてみましょう。 Continue Reading →

木下直之『股間若衆 男の裸は芸術か』

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会田誠展にわいせつな表現があるということで抗議されたということもあり、性器表現についてどういう概念が働いているかを勉強しようと思っていました。また、2011年に東京国立近代美術館「ぬぐ絵画 – 日本のヌード 1880-1945」が開催されていることも思い出しながら読みたい本です(わたしにとって読書というのは、単に読むのではなくて、問題意識をもって読むということが重要なところと思います)。 Continue Reading →

Day oneをDropboxで同期する方法

人気メモアプリのDay oneについて、データ”journal.dayone”をdropboxに置くことで同期する方法を解説します。
このアプリはiPhoneとMac両方から同期しながらメモをとったり日記を書いたりできるので便利なのですが、同期の設定に不具合があるらしく、ググると困っているという方がたくさんいる。そこでわたしが取った方法を紹介したい。

まず、わたしの環境は、iPhone(OS5)とMacbook Air(OS 10.8)。MacにあるDay oneのヴァージョンは1.7.2。iPhone版は1.10です。iPhone版を使ってdropbox下に共有ファイルを作るように設定しています。
しかしMacにあるDay oneのsync設定がうまくいかない。これがその設定画面。 Continue Reading →

岸田吟香展カタログを入手せよ

豊田市郷土資料館が特別展「明治の傑人 岸田吟香 ~日本で初めてがいっぱい!目薬・新聞・和英辞書~」を開催しています。さっそくカタログを入手しました。これは1000円で購入することができます。内容は11章で成立しており、岸田吟香の一生と業績を集結したかのような内容になっています。いうまでもなく、岸田は近代辞書学、新聞史(ジャーナリストの歴史)、日本近代美術史(岸田劉生、高橋由一関連)、医学史(精錡水関連)、訓盲院関係において重要です。
訓盲院に関してはとくに目新しいトピックはありませんが、このカタログは岸田の一生を追っているために人物像を知るにあたって不可欠の二次資料といえます。さらに最新の知見も盛り込まれており、必見でしょう。たとえば、
岸田はいくつか日記を残していますが、これらを比較・整理しています。
以下のようにたっぷりと写真を使っており、至れり尽くせりの構成です。これが1000円とは安すぎないでしょうか。

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遠隔地の方はカタログ代1000円に送料340円を添えて現金書留で資料館に送ると購入することができます。2冊購入する場合は送料が450円となります。資料館にたずねたところ、1100部のうち100部ほどしか残っていないので品切れは確実でしょう。
購入される方はあらかじめ資料館に問い合わせておくなど、お急ぎになることをおすすめいたします。

2013年 3月 09日(土) 23時43分11秒
癸巳の年 弥生 九日 甲戌の日
子の刻 二つ

加藤由美子「黄金金閣 — 炎上から再建へ」

前のポスト「新聞の挿絵にみる、明治の金閣」と関連しますが、鈴木博之編『復元思想の社会史』のうち、加藤由美子(1972 -)「黄金金閣 — 炎上から再建へ」(148-157頁)の部分を読みました。

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これは、金閣が昭和25年(1950)7月2日未明に炎上する前後の背景と復元されたときの動きを俯瞰した論考です。

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服部英雄『河原ノ者・非人・秀吉』(2012)

服部英雄『河原ノ者・非人・秀吉』(山川出版社、2012)を読了しました。

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史料に史料をたたみかけるような史料批判は煩雑になりやすいところですが、「ここにはこう書いてあり、これにはそうあり、このように読みとれる・・・」と平易であろうと務めようとする気持ちが感じられました。
目次はこちらをみてください。以下、気になったところをメモとしてまとめておきます。

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立命館での講演風景

lecture201301

生存学センターより頂いた写真。創思館の401、402のレクチャールームなるところ。
スライドの前にいるのがわたしで、その向かいには手話通訳者が着席するという仕組みで進めました。
じつは作業がたてこんでいて、徹夜明けだったりする・・・。
それはともかく、この報告の内容については、こちらを参照してください。

2013年 1月 15日(火) 22時45分20秒
癸巳の年 睦月 十五日 辛巳の日
亥の刻 四つ

 

 

立命館大学先端総合学術研究科での講演について

1、はじめに
立命館大学にて講演をしてきました。テーマは「明治10年代の京都盲唖院の発展と縮小に関する諸様相」でした。
ねらいは、京都盲唖院に関するトピックをしぼって話をしてほしいということで、京都ということもありますし、現地の方ならば誰もが知る事項についてお話ししようと考えていました。そこで取り上げたのは、

1、明治13年7月に明治天皇が京都盲唖院の授業を天覧したことについて
2、琵琶湖疏水の計画によって、京都盲唖院の経営が厳しくなったことについて

でした。また、参加される方々は院生が中心と思われるため、研究の手法についても知りたいという希望があり、それについても内容を盛り込むようにしました。

ここではどのように準備をし、どのように発表をしたのか、またディスカッションではどのような話題があったのかについて記録しておきたいと思います。

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なぜ、♥なのか ― ハート型の歴史

クリスマスですね。この日はいつもより少し背筋を伸ばしてあるくと気持ちのよい日です。
ところで、クリスマスというと恋愛がイメージされるようになっていますが、そうはいっても恋愛は常に嬉しいことだけではなく、ときには悲しいことも多くあります。それで、好きだよ、という言葉やメールの最後に「♥」の型をつけることがあります。しかし、どうしてハートが「♥」なのでしょうか。

この話をするにあたり、徳井淑子『涙と眼の文化史―中世ヨーロッパの標章と恋愛思想』が取りあげられる一冊でしょう。

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この本のなかで、徳井さんによる心臓の表現「ハート型」の部分をピックアップしながら、ライブラリーラビリンスから皆さんへのクリスマスプレゼントとしたいと思います。
このお話の結論を先にいえば、心臓がハートの形「♥」をとるようになったのは15世紀のタピスリーや写本にみられることであり、それは中世文学における愛の表現と分ちがたい関係であるということです。

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明治村訪問記

今日は愛知県犬山市にある明治村へ。

明治村は、建築家・谷口吉郎と名古屋鉄道・土川元夫が1961年にスタートさせた事業で、背景には明治文化を維持することにあるという。1965年にオープンし、現在にいたっている。初代館長が谷口だった。
約100万平方メートルに明治時代の建築を中心を展示しており、とくに、1963年に西郷従道の邸宅を移築したのをはじめとし、近代建築を学ぶものにとっては必ず訪れなければいけないところになっている。日曜日に訪問したが、親子、若者、カップルと多様な雰囲気。混雑している様子はまるでない。ゆっくりみてまわることができる。

どの建築も一見の価値があるけれども、絶対に外せないのは帝国ホテルではないか。フランク・ロイド・ライトによる日本唯一の建築。そういうわけで、明治村は近代に関心のある人なら訪れる価値のあるところだ。そこで、明治村についてメモをしておきたい。

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一橋大学附属図書館での調査について

(写真:銀杏に囲まれる一橋大学。図書館は左側の時計台のある建物。右はあの兼松講堂。)

一橋大学にて資料調査をしてきました。
この図書館の利用方法についてメモしておきます。
わたしは外部者なので、資料を閲覧するときは前もって所属先を通じて連絡をしておく必要がありますが、この手続きはどこも同じなので省きまして、資料閲覧の許可がおりたら、向かうわけですが。

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表象文化論学会第7回研究発表集会

11月10日に、表象文化論学会第7回研究発表集会に参加しました。7月は発表者として参加しましたが、今回はオーディエンスとして。

わたしが学会に参加したらば、次の日には忘れていることがあるかもしれず、そうならないようにと記録しておきます。なお、ここにあるものは当然ながら個人の視点であり、学会公式のコメントではありません。 さて、わたしが参加したパネルは以下の2つになります。以下、パネルについて感じたことを記します。
また、ミニシンポジウムにも参加しましたが、これについてはまたの機会にします。  Continue Reading →

彼女にはわたしのかげが外国人のように…

京都でかげうつし展をみる。

この展覧会は、京都市立芸術大学ギャラリー(KCUA)であっていたのだが、1、2階をつかった展示になっていて、1階が入口になっている。入るといきなり松村さんのポルノマガジン。
ああ、そうだ・・・。ここに入ったときに、女の子が座って監視スタッフをしていたのだが、荷物をもっていたので、「お預かりします」と話しかけてきたので、「はい」と言った(つもり)で、荷物を預けて、交換札を受け取る。ちなみに加納俊輔さんの作品が配置されているところ。

そのあとがおもしろかったんだよね。荷物をあずけるところはインフォメーションにあるんだけど、そこにチラシが置いてあることに気付いて、展示をぬけだしてそのチラシをみて戻った。そしたら、彼女が何か話しかけてくる。彼女の口を読み取ろうとすると・・・日本語じゃない。英語なのだ。英語で話しかけつつ、近づいてきたので、思わず身構えてしまった。

これは、わざとである。
わたしのことを外人だと思い込んでいるらしいことはわかった。アジア系の英語を話す人と思ったのだろうか。英語で返事しようかなとしょうもない悪戯心が芽生えたけれども、まあ、ここはそういう所ではない。彼女にはわたしのかげが外国人のようにうつされているようだ。心のなかで「フフッ」と笑ってしまった。
加納さんのぐしゃりとひねられたオブジェがそんなやりとりの背景にあった。

そんなふうにわたしは無言で反応したり、声をちょっと出しただけで外国人かな?と思われることがある。

さて、「かげうつし」について。高橋耕平さんの作品は知っていたけれど、こうして「かげうつし」のテーマで《Sight of the blinking. 2》はスクリーンに近づくと自分の影が一緒にスクリーニングされるところがとても重要なところだと思う。ビデオをプロジェクターで投影するという形式のありかたの歴史性についてもふみこんだら、おもしろかったかもしれないとも思った。もちろん、ストイキツァ『影の歴史』も参照されていたけど、そのあいだにはおそらく、OHPの歴史(というか、3Mの歴史)があるべきで、これをここでも積極的にやってもらいたかったかなという欲も出てきたよう思う。

みてまわり、かの女の子から荷物を受け取る。
「ありがとう」と手話で表したら、悟ったようだった。わたしが外国人でもなく、日本の聾者であったことを。

2012年 11月 08日(木) 23時57分30秒
壬辰の年(閏年) 霜月 八日 癸酉の日
子の刻 二つ

絵巻の形式について

若杉準治編『絵巻物の鑑賞基礎知識』を手にする機会がありました。

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「基礎知識」とあるだけに内容はわかりやすいものに仕上がっていますが、現在絶版で高価で取引されているのが残念ですね。復刊したほうがいい本だと思います。
目次は以下のようになります。

1、形式と様式に関する基礎知識
2、主題に関する基礎知識
3、文字と歴史から見た絵巻物
4、生活・風俗を知るための基礎知識

このうち、1の一部、絵巻の形式について書かれたところを読みました。 Continue Reading →

日本盲教育史研究会 第一回研究会

・日時、会場の環境
10月13日土曜日に日本盲教育史研究会の設立総会および第一回研究会が日本点字図書館にて開催されました。3階の多目的ホールでしたが、WifiはFONだけが入っていたため、実況は不可能でした。このホールの床は斜面になっていません。

・出席者について
出席者は80名、テーブルに椅子を3脚ずつ並べる形式。弱視と手話通訳を必要とする人は前方に席が準備されていた。手話通訳について準備したのは岸事務局長と木下だが、スクリーンと講師が窓側に座るために、手話通訳も窓側に確保してもらう形式になりました。

・来場者について
八王子盲学校の座間幸男校長、北九州盲の吉松政春校長など現役校長がいらっしゃったのをはじめ、OBと現役の盲教育関係者が多いように見受けられました。他、森田昭二さんなど盲の方々も多くみえられました。また、手話通訳もついたので、聾史学会のメンバーが参加しました。

・設立総会について
浜松視覚特別支援学校長をされておられた、伊藤友治さんによる司会で会が進行しました。
第一部の設立総会では、まず司会の伊藤さんが議長に選出され、筑波大学附属視覚特別支援学校校長をされたこともある、引田秋生先生を会長とする役員がスムーズに選出されました。
その際、この会が設立されたときのきっかけについて説明がされ、それによると、2010年にエロシェンコ生誕120年のつどいがあり、関係者が集まったのが研究会の契機につながったとのことでした。わたしもこのつどいの存在については聞いていました。

そのまま第二部の研究会に移行しました。
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ハモンド『カメラ・オブスクラ年代記』

前ポストでは、カメラ・オブスクラ・ポータブルの制作について取り上げました。今日はこのカメラ・オブスクラに関する書籍として必須とされるジョン・H・ハモンド『カメラ・オブスクラ年代記』を読みました。

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これについては、すでにネット上で書評が出ています。とくに松岡正剛さんによる書評はカメラ・オブスクラの広がりを大いに含蓄した内容です。というか、これはあの千夜千冊の90夜なのですね。相当早い時期に取り上げられている本です。

この本は必ずしもハモンドの考えを記述したというよりは引用してきたり、調べてきたものを配列しているような感がぬぐいきれませんが、それでもなおカメラ・オブスクラという人の社会に緩やかに広がっていった技術がどういうものであったのかよくわかる本です。

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カメラ・オブスクラ・ポータブル

メディア論、視覚文化論、美術史、写真史について語るとき、どうしても外せない概念として「カメラ・オブスクラ」があります。かの名著ジョン・H・ハモンド『カメラ・オブスクラ年代記』が入口となる書籍といえますが、カメラ・オブスクラの構造を理解するならば、自分で作ってみるのが一番です。

自作については佐藤守弘先生のブログで紹介されています。これがもっとも簡単な方法といえるでしょう。実際、ここを参照する人は多く、わたしもそのひとりでした。
しかし、カメラ・オブスクラが大きくなると持ち運びが難しいという問題があります。かといって小さくするとあまり気分を味わえないという問題もあるように思われます。
そこで、このカメラ・オブスクラを他の場所で試したり紹介するために、持ち運びも簡単にできるタイプを制作してみました。
名付けて、プレイステーション・ポータブル(PSP)ならぬ、カメラ・オブスクラ・ポータブル(Camera Obscura Portable:COP)といえばいいでしょうか。

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東博めぐり

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「腊葉(さくよう)」(1冊 江戸時代・18世紀)
木の葉をはりつけているもの。スクラップブックではないけれども、このようなランダムに近い配置は本草学としてのものよりも、もっと自由になろうという気持ちがみえるようにも思う。

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「七宝古画貼付屏風」(涛川惣助作 明治23年(1890) 涛川惣助氏遺族寄贈)
明治23年の第三回 内国勧業博覧会に出品され、第二等妙技賞を受けたもの。これはちょっと興奮した。この博覧会について調べたことがあって、どのように展示されていたのか気になっていたのだけど、結構でかいんだな。二双一曲の屏風だけれど、そのうちの片方が寄贈されている。 Continue Reading →

国家図書館の利用方法

去年の12月、台北まで行ってきました。ある事蹟についての調査のために訪問しましたが、その一環で台北にある「国家図書館」を訪問しました。ここは日本でいう国立図書館の位置づけです。規模としては少し小さいですが、サービスは充実した図書館です。
場所は台北駅から南、観光地ともなっている中正紀念堂の真向かいに位置しています。台北駅から歩いていくことも可能です。
建築は地下2階、地上6階で、平面図はこちらからみられます。

ここは外国人も利用できます。入口のゲートを潜ると左のほうに外国人用の受付があります。そこで閲覧の旨を伝えるとパスポートの提示を求められます。パスポートをみせると、「臨時閲覧証」が発行されます。これはその日かぎりで退出時には返却しなければいけません。

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『災害弱者と情報弱者: 3・11後、何が見過ごされたのか』

田中幹人、標葉隆馬、丸山紀一朗『災害弱者と情報弱者: 3・11後、何が見過ごされたのか』を読みました。

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東日本大震災において、問題になったことはほんとうにたくさんありますが、そのうち重要なこととして、災害における弱者とは何か、そして、情報弱者とはなにかいうことにあります。

目次は以下のようになります。

序章:おびただしい情報とどう向き合うか
情報の洪水のなかで/本書の視点
第1章:災害弱者‐3.11被害とその背景にある社会
第2章:情報弱者‐震災をめぐる情報の格差
第3章:震災後3カ月間の情報多様性
終章:「私たちが持つべき視点」の獲得に向けて

詳しい見出しは共著者である、標葉さんのブログに掲載されていますので、そちらをご覧いただくとしましょう。少しぐぐってみると、この本に関するレビューがそれなりに、いくつか出ていますので、わたしは全体的なレビューをするよりも、わたしが聾者であるということに引きつけてレビューするほうがいいでしょう。そうすることで田中さん、標葉さん、丸山さんにお返ししてみたいと思います。
ちなみに、これは共著者の丸山さんの修士論文の一部を使っているそうです(本人のツイートより)。論文の一部/全体であれ、努力の結果がこのような形で広い目に出ることは望ましいことです。

さて、聾者がこの本を読んだとき、何を感じたのかについて述べるとき、これは聾者全体の意見をわたしが代弁するものではなく、一個人の聾者が感じたこと、と了解していただきたいと思います。

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レーピン展レヴュー

「国立トレチャコフ美術館所蔵 レーピン展」を鑑賞した。ここ最近は一人で展覧会をみてばかりだったのだが、イリヤ・レーピン(1844-1930)を見たいという人がいらっしゃったので、合間をぬって一緒にみる。その方も美術史がご専門なのでいろいろとご教示頂きながら。相手は手話ができないので、筆談でやりとりをしたけれども絵の前で筆談をするのはやっぱり良い。
手話にかぎらず、言葉を交わしたいという気持ちがあらゆる言語の基盤だと考えたい。

さて、トレチャコフ美術館のレーピンに関する紹介はこちらを。
レーピンの簡単な年譜はここを。
学芸員による解説はこちらをどうぞ。

さて、レーピン展のレビューをしておきたい。
この展覧会は、5つのパートに分かれていて、以下のようになっている。

Ⅰ 美術アカデミーと《ヴォルガの船曳き》
Ⅱ パリ留学:西欧美術との出会い
Ⅲ 故郷チュグーエフとモスクワ
Ⅳ 「移動派」の旗手として:サンクト・ペテルブルク
Ⅴ 次世代の導き手として:美術アカデミーのレーピン

年代順にはなっておらず、レーピンをテーマ別に再構成したような内容になっている。この手法が主流だとおもうけれど。
出品されているのはすべてトレチャコフ美術館蔵のレーピンの絵画で、関連する他の画家は1枚も出品されていない。レーピンの回顧展といっても差し支えないが、トレチャコフ美術館にあるもので占められていて、他の美術館の代表作は来ていないので大々的というわけでもない。それでも、これからレーピンをみたいなとも思うし、ロシア旅行したときにいい座標になる。それよりも何より19世紀のロシアについて考えるときにとてもよい企画だ。

展示室はワインレッドを貴重に構成されたインテリア。目録もワインレッドにみえる。
さて、展示室に入るとレーピンの自画像が出迎えてくれる。

Repin 1

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辰野登恵子と柴田敏雄


Keyword:辰野登恵子/柴田敏雄/国立新美術館/与えられた形象

2012年 9月 01日(土) 01時13分04秒
壬辰の年(閏年) 長月 一日 乙丑の日
丑の刻 一つ

レーピン展にむけて

いま、Bunkamuraで開催されている、「国立トレチャコフ美術館所蔵 レーピン展」。わたしはこの画家についての予備知識がほとんどなく、背景がよくわからないので、まず大月源二『レーピン』(人民文庫 青木書店 1953年)を読みました。

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なお、これはネットで全文公開されています。このうち、レーピンが生きたロシアについて書かれた「時代と環境」のところを読みました。この本は以下の3章で構成されています。

戦闘的なブルジョア美術
移動派 ― 人民の中へ
反動の時代

著者の大月源二本人も日本プロレタリア芸術家連盟に加わり、北海道で活躍した画家であり、その傍らでレーピンについて資料を収集し、この本を書いたらしい。あとがきにこう書かれています。

「かつて日本のプロレタリア美術運動はレーピンや、スーリコフなど、ロシヤ移動派絵画の貴重な遺産には殆ど関心を払わずに過ぎてしまった。運動が壊滅した後の長い反動と戦争の間に、私はレーピンを発見し、その現実主義の力に打たれ、資料を集め、貧しいロシヤ語の力に鞭打って研究を続け、戦後もその努力を続けた。」

大月は仕事を通じてレーピンを知り、もっと知りたいと思ったわけです。 Continue Reading →

奈良美智とペリー

「奈良美智:君や僕にちょっと似ている」「ペリーの顔・貌(かお)・カオ -「黒船」の使者の虚像と実像-」が同じ横浜であっているというのは奇遇なことかもしれない。
だって、奈良は顔を描くほうで、ペリーは顔を描かれる側という能動/受動の関係にあるよね、単純に考えて。

展覧会のメッセージで奈良はこう言っている。

「もはや好むと好まざるにかかわらず、自分が作るものは、僕自身の自画像ではなく、鑑賞者本人や誰かの子どもや友達だと感じるオーディエンスのものであり、欲を言えば美術の歴史の中に残っていくものになっていくと思っている。自分の肉体が滅んでも、人類が存在する限りは残っていくものということだ。」

それで、ペリー展ではこんな説明がつけられている。

「ペリーの肖像画は、幕末期に来日した他の外国人とは比較にならないほど多く、また様々な顔貌のものが描かれ今日まで遺っています。」 Continue Reading →

ヴェネツィア・セックス

ニコラス・ローグ『赤い影』をみた。ふつうにTSUTAYAでレンタルできる。
以下、ネタバレにならないよう、注意して書きます。

この映画の原題は”Don’t Look Now”だが、邦題『赤い影』としているのは目をひくためなのだろう。確かにワンポイントの赤がテーマで、わけがわからないまま最後まで見てしまう。ラストシーンになって、ああこういうことだったのかと理解するけれども、理解できたときはもう遅い。そんな、もはや取り戻せない感覚があとに残る映画だったように思う。

主人公のジョン・バクスター(ドナルド・サザーランド)が修道院修復の仕事をしているという設定でヴェネツィアに妻ローラ(ジュリー・クリスティ)とやってくるという設定になっていた。
たしかに、ヴェネツィアのシンボルがちらちらと見える。たとえばこの左にみえるのは、いわずとしれたドゥカーレ宮殿だよね。

建築史の授業で初めて知った建築と映画で再会すると、また新しい発想ができるのも映画をみる楽しみだと思う。記憶術としてイメージがより強化される。

話はかわるが、調べてみると、この映画、セックスシーンが有名らしい。 Continue Reading →

ジネヴラとタルコフスキー

アンドレイ・タルコフスキー「鏡」をみていると、1コマ、1コマが光とともにやってきて、過ぎ去って行く・・・。その1コマは去っていくと、わたしのなかに押しとどめていることが難しい。あっさりと押し流していってしまう。

パンフレットなどによると、この映画はタルコフスキーの自伝的作品とされていて、作者の父母がモデルとなる男女とその子供、その子供が成長して妻ナタリアと別れる。祖母も出て来て、3世代の作品になっている。ストーリーは一貫しておらず、ひとつのシーンがひとつの記憶のようになっていて、その記憶が記憶を召喚し、あるいは別の記憶を生産するようなそんな映像だった。その理由として、母マリアと本人の妻ナタリアが同一の女優、マルガリータ・テレホワが演じている点にあると思う。つまり、どの世代なのかわからないという曖昧さが強調されているのではないだろうか。

冒頭で、草原の向こうからやってくる医師の男性をみている母マリア。医師はナンパする気があるのか、マリアに語りかけてきて、しまいにはタバコをもらって母が腰掛けている木の柵に座ろうとするが、ポッキリと折れてしまう・・・。当然ながらふたりは地面に倒れる。
そりゃあ、あんな細い木だから二人が腰掛けたら折れるのも無理もないけれども、この折れた木について、あとあと考えて見ると面白いのであとで述べる。

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美術/建築から映画をみる

ジュースキント『香水』の原作と映画について池上英洋先生( @hidehiroikegami  )とTwitterで話していたら、金沢百枝先生( @momokanazawa )からのリクエストで、建築に注目した映画の本は何があるのかというのがあった。少し長いので、Twitterではなくてここにまとめておきたい。それにしても池上先生はかなり映画が好きのようで、これはきっと素敵な仕事ができるんじゃないかと思う。

さて、美術/建築に注目した映画の本だけれども、まず一冊だけおすすめするなら?という条件であれば、わたしはこの本にしたい。 Continue Reading →

おおかみこどもの雨と雪

Twitter上で話題になっていたし、予告編が良かったので日本語字幕付き上映を待ってすぐ見に行った。
劇場は横浜ブルク13。下のフロアが紀伊国屋書店なので長居してしまいそうなスペース。スクリーンは11、席はIの11番。11番がちょうどスクリーンの中心。高さもちょうどよい感じでベストの席だったと思う。さて、この映画について感想を書いておきたい。

ネタバレ含みます。 Continue Reading →

冬の思い出


医学書院の雑誌、『訪問看護と介護』2012年8月号に、わたしのインタビューが掲載されました。寒い冬で、時期的にたいへん辛いときだったことをよく覚えています。よくこなせたものだなあ。1頁目は以下のようになっています。 Continue Reading →

「曜日」の読み方の歴史

わたしたちは曜日を「ようび」と読んでいますが、かつては「ようにち」と読むこともありました。日本において曜日を制定するのは明治九年のことですが、いつから「ようび」と読むようになったのでしょうか。この疑問に応えてくれる研究が、以下です。

松村明「明治初年における曜日の呼称」『近代語研究 第十集』507-529頁

松村明は『大辞林』をまとめた、著名な国語学者ですね。 さて、件の論文を読んでみましょう。

松村はまず、洋学資料に掲載されている曜日の呼称を調査し、どのように読まれているのか把握しようとします。 曜日という言い方そのものはいつが初出なのかについて、松村は断定を避けていますが、桂川中良『蛮語箋』(寛政十年)が古いものではないかとしています。しかし、これには振り仮名がなく、読み方がわかりません。 それで、松村は続けて調査を重ね、石橋政方『英語箋』(萬延二年)を調査し、これには日曜なら「ニチヤウ」と読むことを指摘します。この本は明治五年に改訂版が出るのですが、「日曜日」を「ニチヨウニチ」としています(この改訂版には下河部行輝『卜部氏の明治5年版の『改正増補英語箋』の改訂版について』があるもよう)。しかし、逆のことも判明します。それは、『和英語林集成』の再販が明治五年にでているのですが、これには「ニチヨウビ」と出ていることも言及されます。松村はこのように「ようび」「ようにち」がどのように出るのか資料分析を進め、いくつかのパターンにわけたのち、「ようび」という言い方が明治五年以降に増加することを見出します。

こうして、明治の十年代後半になると、「曜日」を「ようび」と読むことが一般的になるといいます。そして、明治二十年代になると「ようにち」という振り仮名が消え、すっかり「ようび」と読むようになると結論づけているのです。

話はかわりますが、この『近代語研究』はおもしろい論文がいくつもありますね。中世から現代、フィールドを異にする国語学者が集まって研究会をやっていたようです。

積み上げられた苺

9月からのシャルダン展の目玉がまさにこの『かごに盛った野苺』(1761年,個人蔵)。 サイトをみたときに、す考えるところ、このシャルダンの静物画は古典主義の最後に位置するものだというが、その例としてとりあげるのがこの絵。ジョナサン・クレーリー『観察者の系譜』ではこう記述される(原書62-63, 訳書98-99)。 Continue Reading →

雪村自賛自画像の解説例

今更、といわれるかもしれないけれど、田中一松先生の「雪村自賛自画像の一考察」『國華』71、28頁を改めてチェックした。
雪村自画像は、大和文華館にあって、2、3回ぐらい見たことがある。現存するなかでは日本最初の自画像ではないかという話もきいたことがある。その経緯は田中先生によれば、「美術研究」(198号、昭和33年)にて紹介したのを矢代幸雄が読み、収蔵したという。
それで、これはかつて「月下僧像」とされていたが、上記の田中論文によって今の名前になった。田中先生によるこの自画像の記述も簡潔にして要を得ているので、ここでも箇条書きに記述しておいて参考にしておきたい(國華だから、旧字使いになっているけれどもここでは直しておきます)。 Continue Reading →

ブックフェア「表象文化論のアトラス」の感想

表象文化論学会全国大会(7/7-8)との連動企画としてのブックフェアが始まりました。
場所はMARUZEN&ジュンク堂渋谷店です。 Continue Reading →

ソクーロフ「ファウスト」

先日、ソクーロフの「ファウスト」を鑑賞。一言でいうと、見るべき映画ですね。以下、ネタバレを含みます。 Continue Reading →

おすすめのテキストエディタ

いくつかMacのアプリを試す。テキストエディタを変えようと思って。
これまでevernoteを使っていたし、今もそうするつもりだけれども最近はちと重い。それで以下のものを見つけてきた。

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