ミケランジェロによる男性器(陰茎・陰毛)の表現について

篠原治道『解剖学者がみたミケランジェロ』(2009)を読みました。この本はタイトルの通り、篠原がミケランジェロの幼年期と彫刻について解剖学的に論じるというものです。美術史では見えてこないいくつかの要素があるといえるでしょう。

LLでは木下直之『股間若衆』をご紹介したことがあります。この本は絵画と彫刻における裸体像の性器の表現をめぐる政治的・倫理的な面を取り上げています。この本に関連して読むことができるのが『解剖学者がみたミケランジェロ』で、具体的には、ダビデやキリストなどの彫像やシスティナの天井画における裸体の陰部の表現です。
木下の同書では主に近代日本における様相を扱っていましたが、ルネサンス美術の一例としてミケランジェロを取り上げてみましょう。

まず、篠原は陰嚢について解剖学的な解説を行います。陰嚢というのは、腹壁(おなかの壁)が小さな袋のように股間へ突出して出来たもので、精巣が中に入っています。精巣は左にあるものが右の精巣よりも低い位置にあるといいます(なぜ左右で高さが異なるかについては、体を動かしたときに左右の精巣がぶつかるのを避けるためであることや熱伝導を低くすることが指摘されているとのことです)。

篠原はまず、システィナ礼拝堂の天井画に注目します。この絵画が公開された1512年、見た人々は言葉を失ったといいます。裸体が男女問わず天井に展開していたからです。篠原は「描かれている全男性の陰茎を観察したわけではないが」(笑)としつつも、この天井画における男性器の特徴として、無造作に描かれていて、陰嚢は一刷で終わっているとします。サッと描いているというのです。このことから男女を描くというよりは「人」を描きたかったのではないかと篠原は考えています(わたしとしてはそれだけではなく、陰部をめぐる規制の問題も考慮すべきですが)。

そして、サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会(ローマ)にあるミケランジェロとされる彫刻《十字架を持つキリスト》に着目します(右)。

Michelangelo
《十字架を持つキリスト》
feuilletonより引用
シャルル・ド・トルナイ『ミケランジェロ』(田中英道訳)にもある。

この彫刻はシスティナ礼拝堂の天井画の9年後に完成した作品で、男性器が彫ってあるといいます。しかし、陰茎は後世に切断され、真鍮の腰布が股間を覆っています。このことは木下『股間若衆』において、黒田清輝が女性の裸体画を出品したときの反応と共通するところです。ところでこの彫刻には腰布で覆われる前の写真があります(左)。

この彫刻をみた解剖学者がいうには、ミケランジェロの描く陰嚢には特徴があるといいます(下・写真)。先述したように「陰嚢は、腹壁(おなかの壁)が小さな袋のように股間へ突出して出来たもの」で、陰嚢は腹壁は一続きの構造であることを強調しています(160頁)。ですが、ミケランジェロの彫刻をみると、陰茎と陰嚢が結びつきが強いというのです。あのダビデにおいても、「陰茎基部の右側面から下垂する皮膚の襞が陰嚢の右側壁を作っている」といいます。これは先述した十字架をもつキリストにも見られるといいます(写真下)。たしかに陰茎が陰嚢をぶら下げているように見受けられます。

David miche
《ダヴィデ像》の陰茎・陰毛

そして、陰毛の表現にも注目します。ダヴィデでは明確に「定型的渦巻き型陰毛」であるといいます。これは臍方向に頂点を、恥骨に沿って底辺をもつ三角形を呈する、いわば男性型陰毛分布であるとします。これは《十字架を持つキリスト》でも同様ですが、《木彫十字架像》(サント・スピリト教会、フィレンツェ、2007年当時は非公開)では下腹部から陰茎にかけて逆三角形をした丘の上に同じく逆三角形の陰毛があるといいます。

Santo Spirito miche

《十字架を持つキリスト》

これは女性型と呼ばれる分布方式であり、ダビデとは異なっているといいます。

西洋美術史の人には常識ですが、篠原はミケランジェロの彫刻においては「コントラポスト(Contraposto、対比的、均衡)」の言葉が頻出しているといいます。
蛇足になりますが、ギリシアの彫刻家ポリクイトスによる表現法です。立つ人物の両足は左右で身体を支えますが、歩いているときなどはそのバランスが崩れてしまいます。下肢の一カ所で崩れたときに背骨で補うような体位をとることで身体が保たれます。
篠原は、このアンバランスな状態をまたアンバランスによって補うことをコントラポストと説明します。このように姿勢は崩れていながらも、わたしたちが次の瞬間を想像することで、動的なダイナミズムが生じていると篠原は考えます。わかりやすくいえば、崩れつつもそれを永遠に制御しようとしつづける身体ということになります。

PS トップにある《十字架を持つキリスト》はこちらのニュース“Il Crocifisso di Michelangelo è tornato a casa, grande festa in Santo Spirito”より。

2013年 3月 20日(水) 22時37分54秒
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