なぜ、♥なのか ― ハート型の歴史

Posted on 2012/12/24

クリスマスですね。この日はいつもより少し背筋を伸ばしてあるくと気持ちのよい日です。
ところで、クリスマスというと恋愛がイメージされるようになっていますが、そうはいっても恋愛は常に嬉しいことだけではなく、ときには悲しいことも多くあります。それで、好きだよ、という言葉やメールの最後に「♥」の型をつけることがあります。しかし、どうしてハートが「♥」なのでしょうか。

この話をするにあたり、徳井淑子『涙と眼の文化史―中世ヨーロッパの標章と恋愛思想』が取りあげられる一冊でしょう。

この本のなかで、徳井さんによる心臓の表現「ハート型」の部分をピックアップしながら、ライブラリーラビリンスから皆さんへのクリスマスプレゼントとしたいと思います。
このお話の結論を先にいえば、心臓がハートの形「♥」をとるようになったのは15世紀のタピスリーや写本にみられることであり、それは中世文学における愛の表現と分ちがたい関係であるということです。

1、心臓をめぐるイメージ
まず、中世において涙と心臓は結びついているものでした。わたしが付け加えると、現在のように、心臓が血液を循環させるためのポンプであることは、1628年にハーヴェイがかの『動物における心臓の運動に関する解剖学的研究』“Exercitatio anatomica de motucordis et sanguinis in animalibus”において示したことですが、それまでは、肺からのプネウマという気体状の物質を身体に循環させるのが心臓であるとするガレノスの血液学説が信じられていました。これが医学史における一般的な理解といえるのではないでしょうか。

そこで、徳井さんは心臓によって送り出された血液が感情の高揚によって眼から送り出されたのが涙であると考えていました。さらに、心臓はひとの情感を司る器官であると考えられていたことを紹介します。心臓がそのような器官であることは、ティメオによる、身体をミクロコスモスとして解説しているところを引用しています。このようなくだりを徳井さんは採用します。

「ひとの胸は空気を表している、と言うのも空気の中に風や雲や明かりや暗闇があるように、まったく同様、ひとの胸の中に想いや思考や歓びや悲しみがあるからだ。」(Dialogue de Placides et Timéo, op. cit., p.94)

このような涙や心臓に関する考えが、恋愛をめぐる思想における表現に関連するといいます。(14-15頁、220頁)

2、心臓が身体から離れること
そして、身体から心が離れるという「心身」の分離について、中世文学から読み解こうとします。 たとえば、浦一章さんによるダンテ『新生』の解説を見ようとします。これは、『ダンテ研究I』からの引用ではないかと思われます。
いうまでもなく、ダンテはベアトリーチェを愛していますが、しかし別の女性を愛しているように装うというのです。しかし、その女性とダンテがフィレンツェから去らなければならないという事態になったときに、愛神がこう忠告します。

「私は汝があの人に預けておいた、汝の心臓をここに持ってきている。これをかつての彼女がそうであったように、汝の防御となるべき婦人のところへ持って行く」

このように、別の女性を愛することを装うことを心臓を動かすという比喩で表現されていることが指摘されます。そのほか、ボッカッチョ『フィローストラト』や『デカメロン』の第四日九話も引用されます。『デカメロン』では、妻に好きな相手の心臓を食べさせる夫の話があったと思います(222頁)

また、埋葬のときに心臓を別に葬ることがあったという中世の慣習は心身分離の観念から生まれたものであると指摘します。これらを一言でいえば、心臓が情感を司っていると考えられていることから、恋愛表現に直結するということになるのでしょう。(225頁、これは小池寿子『描かれた身体』から引用)

 

3、心臓の視覚的表現 ― ハート型の誕生
そして、心臓そのものの表現 ― ハート型をもっとも早く暗示しているものは1342年以前に書かれたギヨーム・ド・マンショー『運命の慰め』の一節であるといいます。この節は、恋に苦悩する男性に<希望>という女性がアドバイスをするところで、真の恋人が持つべき武具を描写しながら、恋人としての美徳を語るところがあるといいます。以下、その一節の一部を読んでみましょう。(159-160頁)

(青い盾に)
中央に赤い心臓がひとつ
真ん中を一本の黒い矢で貫かれている。
木製の矢じりはこれまで
ありえなかったほどのものである。
美しい銀色の五つのレイブルが付き
涙が散っているのが
たいそう奇麗で優雅である。

ここで徳井さんが注目するのは、心臓を貫く恋の矢のイメージが14世紀半ばに見られる、ということです。このように、中世文学では心臓を恋愛の寓意のアイテムとして使うことがあったというわけです。これは私見ですが、矢というのはいわゆる視覚のことだったのではないでしょうか。

そして、心臓がハート型として描かれたものとしての早い例を2つを指摘します。

A、《心を贈る》タピスリー(1400〜1410年、ルーヴル美術館)

Loffrande

B、クリスティーヌ・ド・ピサンの写本『オテアの書簡』のうち、ヴィーナスに捧げられるハートの形象。

Th pizan

Bについては、赤いハートを捧げる男女の表現は16世紀にかけて展開する《ヴィーナスの子どもたち》の図像の最初の例ではないかと指摘されています。

C、『愛に囚われし心の書』(フランス国立図書館蔵, Ms.fr.24399, f.122)

Bnf

徳井さんによれば、この物語には愛の神が住んでいる館で、ヴィーナスと対面する主人公。ヴィーナスが休む部屋には七枚のタピストリーがあり、そこには愛にまつわる擬人化人物が描かれているといいます。そのうち四番目のタピスリーには二人の女性(〈愛想の良さ〉と〈雅な物腰〉)が網で浮遊するハートをとらえようとしています。

D、『愛に囚われし心の書』(フランス国立図書館蔵, Ms.fr.24399, f.123)
Th bnf2

これは徳井さんが取りあげている図版ではありませんが、同書を読むと、このような絵もあります。本文を読むと、木に糊を塗り、浮遊するハートを捕らえたところです。

4、まとめ
このようにみていくと、心臓はひとの情感を司る器官であると考えられていました。そして、身体から心が離れるという「心身」の分離は中世文学において、恋愛表現の比喩として語られます。このような心臓がが身体から離れてゆくことがハート型の表現となっていることが15世紀初頭のタピスリーや写本より判明します。
そして、これはこのような問いを生むように思われます。そもそもなぜハートが♥の型をしているのか、ということです。仮説として、心臓がハート型をしていることから来ているのでしょうか。それについて徳井さんは答えを示してはいません。これは、文学、図像学の分野だけで明らかにするのではなく、中世医学史や科学史との連動によって解明されることになるのでしょうか。

Merry Christmas!

ライブラリーラビリンスをお読みくださっている皆さん、よい一年になりますように。

2012年 12月 24日(月) 23時59分39秒
壬辰の年(閏年) 師走 二十四日 己未の日
子の刻 二つ

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