20220113

1月13日。木曜日。2年前のことになる。やらなければならない研究についてテクストを書いていた。お世話になっている先生に読んでもらったところ、深く突き刺さる不備点を指摘された。その問題を解決する糸口をたどりに史料調査に出かける。史料を閲覧し、あらためて研究全体の位置付けを考える。史料の翻刻と撮影をしながら、頭に浮かんだことをノートに書き、仮説の検証のための分析と考察までの道筋を考えていたら1日が終わった。オミクロン株の流行で浮ついているような気配のなか、帰りのバスのなかでぼんやりしていたら、前の席のおじさんがiPhoneの最新である13でポケモン収集に勤しんでいた。外の風景とシンクロする画面。それに夢中になりすぎたのか、いきなり背をピンと伸ばして駆け足でバスを降りていく。しばらく行ったところで降りて、とんかつを食べて、お菓子を買って帰る。この通う道もだいぶ慣れてきた。この慣れというものが、今日考えていた研究の終着点にたどりつかなければならないことを告げているように思った。

20220112

1月12日。部屋で工作をしていて。それはソフトキャリーのタイヤを修理することだった。けっこうすり減っていたのでパテを埋めて形を整えるのにカッターを扱っていた。プラスチックを削っていたわけで、黒いタイヤに白いパテがまだら模様になっていたところだった。そこで、何かが飛んできて眼に刺さってしまった。カッターが突然折れて飛んだのである。あっと気づくとカッターの欠片がテーブルに落ちる。さほど痛みはなかったが、しかしじっと眼を動かすたびに痛く、経験したことのないことだった。近所の眼科に行って説明をすると、眼科医が心配そうな顔で検査をしてくれた。結果、かなり危なかったとのことで角膜に傷があるといわれた。点眼薬を2つ処方されて通院する必要があるとのこと。そのあと、日本で視覚障害者の生活支援をするライトハウスを興した岩橋武夫のことを思い出した。岩橋は早稲田在学中に失明して中退しているのだが、その自伝的小説『動き行く墓場』を1925年に出している。岩橋が出した初めての本で、眼に異変があり、見えなくなるまでのことが書かれている。眼科の話に戻るが、その検査というのがフルオレセイン試験紙を角膜にたらして、青色の光を当てる検査で、普通の検査ではわかりにくい角膜(黒目のこと)の傷の具合が判明するというものだった。わたしは初めて受けたが、青い光が眼全体を覆っていて、スペクトルというか、自分の世界が青で満たされていてちょっと忘れがたいものだった。その青を浴びたとき、わたしのこの経験が岩橋の眼が見えることと、見えないことの間で苦悩していることのはざまにあるように思われたのだった。

20220111

2021年1月11日。火曜日。この日記は昨日アップするつもりだったが、手元にあるMacbook Airの調子がすごく悪くなってしまった。起動がものすごく遅くなっており、起動するだけでも30分近くかかる。昨春にも同様のことがあり、OSを再インストールすることで解決したがそれが再発した。また再インストールするよりは原因を探ると、kernel_taskに問題があることがわかった。これは何かといえば、CPUにあえて高い負荷をかけて、それ以外の動作を抑えることでCPUの温度を下げようと仕組みだという。だが、ファンの不調でパソコンの温度が高くなっている可能性もあるので、ファンを何度か掃除したり、SMCのリセットなどをやって解決したが、このプロセスを見てひとつ思うのは人間の発汗と似ているなということだった。発汗はいうまでもなく、汗をかくことで熱を捨てて体内の温度を下げるシステムだ。血流量を増やして皮膚の温度を上げることで内部の温度を下げることと、CPUの負荷を上げることで温度を下げていることに気づくと、パソコンの温度が妙に生っぽく感じられたのだった。

20220110

1月10日。月曜日の祝日。宅配便が2つ届く。ひとつは玄米、もうひとつが鴻池さんの個展で展示した手紙。玄米から米袋を取り出して箱をそのままにし、もうひとつを開けて手紙を読み返す。昨年末までの個展で展示しているときは手紙が手元になかったわけだが、最後の日付の手紙にたいして返信を書くにはそれを脇に置かなければ書きづらいということに気づく。また、ギャラリーからの手紙もあり、個展で置いていたわたしの論文の抜刷りが完売していたことを知る。数部しか置いていなかったのだけど、全部売れるとは思わなかった、もっと持って行けばよかったかな。
インターネットのニュースで藤井と渡辺の王将戦の結果を知る。最後の分将棋はジェットコースターのように駆け巡っていて両者ともかなり疲弊したことだろう。そろそろ現地調査の準備にかからなければならないのだが、キャリーケースのゴムタイヤが割れてしまっていた。接着剤で応急処置をしていたが、隙間ができてしまっていたので買っておいたパテでタイヤを整える。明日は機材のチェックや見るべき史料の再検討をする。他にも連載の原稿を書かないといけない。今月の山にさしかかってきたところだ。

20220109

1月9日。日曜日。曇と晴が混じるはっきりしない天気、食パンを焼く。焼いたものをさらにオーブンで焼いてカリリとしたものを少しだけ砂糖を足したカフェオレに漬けて食べる。表面はしみこんでいるが、奥の方はしみこまずに硬さが残っている。歯でパンを切り裂いた時に伝わってくる硬軟の感覚に、カフェオレがパンの中から出て行こうとする動き。それは、ぐっと何かを握りしめたときの反動とともに出て行こうとするものを口の中で捉えるということだ。それは本を読んでいたり、美術館で作品を見ている、映画を見ている時は、いずれも目の前の現象に集中しているわけだが、何かひとつの考えや視点が定まっていく際にジュッと押しのけられて出て行く思考がある。つまり、ある思考がまとまっていくなかで捨てられていく過程があるのだけど、ほんとうはそこで押しのけられて出ていったものを受けとめる皿というものがあるからだろう。打ち捨てておいてもいいかもしれないが、それがあったということを記録することは意識したい。パンをかみしめて飲み込むまでのあいだにそう考えていた。

20220108

1月8日。土曜日。知人に誘われて都現美で「クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]」をみる。マークレーの《The Clock》はヨコトリで強く脳裏に残っている。そのときは映像のサンプリングがすごく凝っているなというのが第一印象だったけど今回の展示は違う。端折っていうと「動きから動きに」だった。認知言語学では意味の基盤である「ベース」と、そのなかでその語の意味が示す「プロファイル」がある。たとえば、腕は体をベースとし、肩の付け根から先の部分をプロファイルする。手は腕をベースにし、手首から先の部分をプロファイルするということだ。だから、ベースとプロファイルは互いに不可欠であるとするのが認知言語学の考えとしてある。
けれども、マークレーの作品のなかには、腕が腕そのものをベースにもプロファイルにもしているように知覚してしまうところがある。言いかえると、腕は腕をベースにし、腕の付け根から先の部分をプロファイルする。腕と腕が繋がっているという認識のしかたになってしまう。こうした、ToとFrom。あるイメージ自体が脳裏から立ち去ろうとした瞬間(From)、別のところから同じ種類のものがやってくる(To)。たとえば、《リサイクル工場のためのプロジェクト》ではリサイクル工場でブラウン管のディスプレイを壊してパーツを分けている映像を、プロセスに沿って円を描くように細かく配置している。ぐるっと歩きながら見れば工場での作業が終わることはない。そのうえに、その映像じたいを近い型のディスプレイで見せている。これらを認識したとき、ディスプレイが「ToとFrom」になった瞬間であって、ディスプレイがリサイクル工場でディスプレイを解体するさまを映している、解体されて形を失ったディスプレイをディスプレイが映しているという知覚が続いていく。
ほかにも《ミクスト・レビューズ(ジャパニーズ)》は手話で語る映像で、言語、音、風景、行為などいくつかの表現のレイヤーが複雑に絡みあっている。手話、音があり、風景があり、行為が現れる。豊かなすばらしい表現だが、わたしの目を強くひいたのはこれらの表現がいずれもたったひとりの身体で表現されているということだった。これは、ソースとなるつながりのない短いレビューがミキシングされているからだろうか、物語る身体が「ToとFrom」の双方を兼ねる効果を作り出している(これはおそらく、ナラティブというものが備える自己生成の問題でもあるだろう)。身体が手話を語る、手話が身体を語る。身体が風景をあらわす、風景が身体をあらわす、身体が音を立てる、音が身体を立てる・・・と知覚された。
話はそれるが、展覧会のウェブサイトに掲載されている、マークレーの言葉「矛盾してるようだけど、私は音について、それがどう聞こえるかということだけでなく、どう見えるかということにも興味があるんだ」わたしは以前、『知のスイッチ』に収められている「ひとりのサバイブ」という論考を書いているがそのはじめで国木田独歩の『武蔵野』を取り上げているが、その言語経験に近いものがある。
参考までに《ビデオ・カルテット》には身体障害者の映る映像が3つあるように見受けられたが、その元となるソースは「ピアノ・レッスン」「何がジェーンに起ったか?」「黄金の腕」である。ほかにも、《レコード・プレイヤーズ》は何人かでレコードを叩いたり引っ掻いたりする短い映像だが、レコードの黒い円と人の表情の見えにくさがドイツ表現主義のあの暗さを思う。マークレーを見て知人とお茶をして別れる。その後に久保田成子展と、コレクション展をみたが、その話はまた書いてみたい。帰りの電車のなかで周りは部活帰りの大学生にダウンジャケットを着た人がみえる。大学生の足元にNIKEのエアーマックス95のリメイク。ハイヒールなど硬い靴を履いた人が乗ってくるとその人の足音がわたしの足元に伝わってくる。

20220107

朝、タブレットで新聞を読みながらコーヒーを飲む時間が、一日のエンジンをかける時間になっている。朝光がびたびたに残雪をとかしている。窓から見える外のアパートの屋根にカラスがいて、残った雪を蹴とばしていたのが人間っぽくみえた。作業で必要になったSDカードを部屋の中で無くしてしまい、探すも見当たらない。中身はバックアップしてあるのでデータは大丈夫なのだが、肝心のカードをどこに置いたものか。年末の大掃除のときに間違えてゴミ箱に入れてしまったのだろうか、なんともすっきりしない。懸念の研究計画について時間をかけて検討をする。本文を手直しするか、史料を検討するかを考え、後者を選び、史料を閲覧できるように準備を進める。
『ショア』2枚目をみはじめる。まだ全体の半分にも達していないが、このあたりで風景と関係者の語りが交互にあらわれるのに気づく。風景は、ユダヤ人収容所跡に建つモニュメントや墓という人影がほとんどないものと、駅舎や街中といった人のいるものがある。収容所関係者を盗撮し、インタビューをしているシーンがあるが、ガス室での殺人と、どんどん送られてくる収容者、遺体の処理が間に合わずに建物の横に遺体を積んでいたという回想がおぞましい。その積まれた遺体の山から血などが流れ出て悪臭を放っていたという。これは人類だけでなく、大地をも蔑ろにすることではないだろうか。大地を蔑ろにするというと、写真家ルイス・ボルツの“Candlestick Point”というアルバムも思う。放置されたサンフランシスコの海岸を埋立地にしたところで、廃材やタイヤがゴロゴロしていた風景を撮影した写真だ。夜のカーテンから外を見やる。朝はあった雪は溶けていて、昨日の風景がまぼろしのように思えた。だがまぼろしではない、確かにそれはあった。

20220106

特別快速の電車に乗る。停まる駅よりも停車しない駅の方が多く、ただ風景が流れていく。電車のなかで話をしているふたりの女性がいた。双方ともマスクをして、相手を見ながら頷いている。頷きによって発話が担保されているようにみえる。なぜだろう。『ユリイカ』に書いたぬいぐるみ論でも頷くことによって発話することを書いたな。明るい紫色の手袋をしている女の子が座席に脛をのせて外を見やっているのにつられてわたしも外を見ていた。少し舞っていた米粒ほどの小さな雪があるだけだった。夕方になるとそれは白いスクリーンをあちらこちらに被せていた。
『ショア』をみる。ブルーレイは3枚組で、1枚目を見終えた。収容されて生き残ったユダヤ人たちの語りに、今度はナチス側の人たちが語るシーンが入っている。昨日は通訳が入っている関係で、字幕が語りよりも遅れて出てくることを書いたが、エルサレムやバーゼルにいる当事者やナチス側の人物は語りと字幕が同時に出ている。なぜポーランドにいた人たちだけ遅れて出てくるのだろうか。地理的な距離の表現のためだろうか。この『ショア』にも、アウシュヴィッツの門のシーンで雪がうっすらとあった。そのとき、わたしの目の前を舞っている雪が、1940年代と2022年のあいだにある時間を鮮やかにつなげてしまう。80年前の過去が、つい今日起きたことのように。

20220105

1月5日。夜はひきつづき『ショア』をみている。まだ第一部。監督のクロード・ランズマンがユダヤ人の連行を目撃したポーランド人たちにインタビューをしているシーンがある。ホロコーストだけでなくときおりの雑談も入っている、ホロコーストを語るための潤滑油のように。ポーランド語だろうか、その人が語り、ランズマンの隣にいる人が通訳しているときに字幕が出ている。ランズマンもこのことを語っているようだ。目撃者がそのことを回想している表情と、言語である字幕が交互に表出されている。思い出すことと語ることが切り分けられていて、あの出来事がオーヴァーラップしている。声に重りがつけられたように遅延しているぶん、ゆっくりとホロコーストのことが近づいている。ろう者と手話通訳でいうと、ろう者が手話で語っているときに手話通訳が追いかけ再生するように、その手話を音声に通訳している。ろう者が手話で語る様子と、遅れて手話通訳の声が聞こえてくるようなシーンを思わせた。手話で語るとすぐ声が追いつこうとする、それが手話通訳の仕事であるが、だけど、ろう者が手話で語るところをしっくり見せてもいい。
朝食は食パンにバターかハチミツをのせて食べることがほとんどだが、今日はマーマレード。昨年、三菱一号館美術館で「イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜」を見たあとにショップに売っていた、オクスフォードのヴィンテージ・マーマレード。瓶にナイフを入れると、つややかな面の岩石が切り出されてくる。発掘現場からオレンジピールが封印された琥珀が発見されたような。5枚切のパンにつけると、朝光を受けた琥珀色が際だちつつも、砂のように崩れていって陽気の春の土を思わせた。パソコンを開く。昨日よりもあちらこちらから連絡が入りはじめ、メールを見ている時間が多くなるのは、そこここで仕事始めを迎えているからだ。途中、いろいろと思い出しては短いメールを入れる。途中、北村陽子『戦争障害者の社会史―20世紀ドイツの経験と福祉国家』を精読しはじめる。今年の仕事のために昨年入手してあった。先行研究へのレビューが丁寧で議論の土壌が丁寧につくられているところがすばらしい。

20220104

1月4日。昨日の夜、風呂あがりに『ショア』の続きを見はじめるが30分もしないうちに瞼が重くなる。第一部の途中で、収容所に閉じ込められたユダヤ人だけでなくその家族も登場しており、ホロコーストが世代を超えて波及していることがすでに示されていた。起床すると白いカーテンを通り抜ける光がほんのりとしていた。年末年始にきていたメールといえば、毎朝配信されるニュースやネットオークションのアラートといった決まった時間の自動的、機械的なものしかなかったが、今日になって昨年末に出してあった電子メールの返信がメールボックスに少しずつ入ってくる。電子メールは不意なものだ、なんの前触れも予感もなくやってくる、遠近感がまったくない。よけいそう感じられるのは昨年、鴻池朋子さんと手紙のやり取りをしたとき、書いて封筒に包むことからポストへの投函、配達員で手から手にわたっていくところを感じていたからだろう。メールの画面に、未読のメールであることを示すボールドがかかっているところがランダムに積み立てられていくところをみると、今年というモーターが回り始めた振動として伝わってくる。このパソコンの画面やLANの向こう側にある手が、キーボードをタイプするときの振動や、メールを送ろうとする肉体の脈動のメロディーが、メールボックスをポップインするとき、この一年が音を立てて稼働していく。

20220103

1月3日。浮かれるような気持ちが衰えて、日常がむっくりゆっくり立ち上がってくる時間が漂っている。昨日の夜からクロード・ランズマンの『ショア』を見始める。ディディ=ユベルマン『イメージ、それでもなお』にて言及されているのが知ったきっかけだが、上映を見逃したり、ソフトが手に入らなかったりで今になってしまった。ホロコーストを生き残ったユダヤ人の証言からはじまる。ほほ笑みながら過去のことを語る当事者に「なぜほほ笑むのですか」と尋ねると「泣きわめいた方がいいのですか?」と返す。笑う、泣くのあいだをよろめくようなシーンで、思わず停止ボタンを押してしまいそうになる。クローズアップも多く、人の口がよく見えるのは、ポストコロナのマスク社会で人の顔が見えなくなったということの返歌にみえる。
ツイッターで山本浩司さんが武井彩佳『歴史修正主義――ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで』について書評していたのを読む。山本さんは誠実な仕事でいつも注目し、信頼している歴史家だ。本年刊行が予定されている辞書があり、担当している項目についてゲラを何度か読み返して精査する。字数がかなり限定されているので多くを盛り込むことはできず、その項目について研究をしたことがあるので背景や知識があっても、その髄となるものしか残らない。かなり圧搾されたシェープな文章になったと思う。これでいいと思うところまで確認を続けた。溜まってしまった洗濯物を洗い、布団を干す。この季節になると陽光が低く、部屋の奥まで光が射し込んでいて美しい。光が消える頃にはいつもの調査ノートを読み返し、今度の調査について方針を確認する。空が澄んでいる日の夕焼けは橙色が薄く、静かな今夜を予感させた。

20220102

口絵 深沢七郎『楢山節考』昭和32年、中央公論社

新年の二日目、1月2日はいつも何かがゆっくりと始動しようとするときの緩さがある。お雑煮が余っているので昼食にあてて、窓際においている椅子で読書をする。年末に買ったもので、南側から太陽があたる暖かいところ。カーテンのレースを背中に、椅子でいろいろと本を読む。筒井『社会を知るためには』を読了。社会とはわからないものであるということから社会理論を紹介していくプロセスがおもしろい。ギデンズの社会理論は「行為と社会の関係は「緩い」」ことを捉えているという。続いて深沢七郎『楢山節考』を読了。最後に「つんぼゆすりの歌」がある、深沢が「「ろっこん〔六根〕」と云うたびに肩をゆする」のにあわせて声をあげてうたってみる。口絵にギターを手にする深沢。奥にみえる女性の背中と作中の歌が入り混じっていく。おやつにきな粉餅にコーヒー。餅の柔らかさと甘さ、きな粉の甘さと粉っぽさ、コーヒーのビターさ。白と黄金と焦げ茶がわたしの中ですれ違う。この出会いを舌でひっさげながら、YouTubeをタップすると藤井風がライブで歌っていた。口の動きと手がカメラを向いてキーボードを弾き語る藤井、ことばとメロディーがひとつになっている。重めの髪型、袖がゴムになっていないゆったりめのジャージ。一曲を終えると寝転んだままひとり語りする藤井。新年の二日目という緩さがあった。

2022年はじまり、はじまり

これまでツイッターでは日報としてひとつのツイートだけで完結させていたけれど、今年からはこちらに戻ろうと思う。理由はこちらの空間が懐かしくなったからだ。

2022年の元旦、目覚めるとカーテンからの陽光がまぶしい。カーテンの襞が上下のラインを生んでいるのと、立てかけてあったテーブルの短い足が斜めに交差し、シルバーに輝く足に光が反射しているのに見とれながら起床する。

先日から準備していたオードブルを並べていたが、なんだか色が足りない。黄色だ。卵焼きを焼こうと思い立つ。卵焼きはふたつのレシピしか知らないのだけど、そのひとつが母直伝の、やや多めの砂糖と少しの塩に水だけで仕上げるものだ。普段はつくらないが今日は母のレシピで卵焼きを焼いたのをオードブルに載せて正月が始まった。お雑煮もいつものように、どんこ、水菜、鰤、お餅、かまぼこ。家族と会話をしながら新年の話題。今年も元気でありますように。

あまりにも天気がいいので、オードブルもそこそこにピーコートをまとって近所の公園に出かける。家族連れでにぎわっていたが正月らしく凧を揚げようとしていた家族がちらほらいる。多くは中途半端に凧が落ちてしまうのだけど、ひとつだけ木々をはるかに超えて高くなっているものがあった。それを見ながら日光を浴びる。

部屋に戻り、新聞を読む。元旦は書店からの広告も大きく載っているので新年早々モチベーションがあがる。ほか、iPhoneを開いて前から気になっていたAnker Nebula Vega Portableの仕様を確かめる。天井に投影できるプロジェクターが欲しいからだが、自室は梁が大きく出っ張っている天井であるのと、照明器具の位置関係でうまく投影できそうなスペースがないので諦める。積ん読になっている筒井淳也『社会を知るためには』などを読む。

もち米を蒸してお餅にする。ふにふにしていて美味しそうなのを、きな粉餅にしたのを食べながら書いている。
今年はどんな一年になるだろうか。

2022年 1月 01日(土) 22時13分55秒
壬寅の年 睦月 一日 甲寅の日
亥の刻 三つ