川村清雄の和魂洋才

目黒区美術館の「もうひとつの川村清雄展」にいく。目黒駅から歩いていくのだけど、春に行くと桜がきれいなんだよね。このあたりは。
川村は江戸東京博物館と目黒区美術館で開催というこれ以上考えられないタイミングで回顧展が開催されていた。この二館で開催されたのはたまたまとは思えない、生年160周年だし、そのためなのだろうか。江戸東京では『形見の直垂』(上の画像)が展示されていた。勝海舟の胸像を見つめようとしている女性が勝との微妙な関係を思わせる作品。

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須田悦弘と椿

追記:日記の椿図屏風というのはこのサイトにある写真がそうだ。

2012年 12月 14日(金) 00時17分01秒
壬辰の年(閏年) 師走 十四日 己酉の日
子の刻 三つ

国への殉教

ebihara

海老原喜之助「殉教者」(1951、東京国立近代美術館蔵)

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カルロ・クリヴェッリ「聖ガブリエルの霊視」

カルロ・クリヴェッリ「聖ガブリエルの霊視」(部分)(1489頃、ロンドン・ナショナルギャラリー)

まだみたことはない。この絵の右上にマリアと幼いイエスのふたりを金で包み、光を線で表現するという方法がつかわれている。光の表現は大きく分けて線と点があるよね、点の歴史とからめて考えられるところ。日本でいえば截金だったり。 Continue Reading →

明治の「ミロのヴィーナス」

あるスクラップブックを調査したとき、ミロのヴィーナスに関する記事が切り貼りされていた。書き込みから日付は明治28年9月25日と思われる。なんの新聞・雑誌かはわからないが、ルビがふられていることから、いわゆる小新聞といわれる類の新聞に掲載されたものだろうと思われる。大きなサイズはこちらをどうぞ。

あいにく、わたしはミロのヴィーナスがどのように研究されたのかは具体的には知らないが、明治に紹介されていてもまったく不思議ではない。でも、ミロのヴィーナスをめぐる手の再現の問題やさらに周辺にある類似作もまとめて11の彫刻が明治時代にすでに比較参照して紹介された記事を目にするとは思わず、面白く読んだ。
“Venus Medeci”はウフィツィかとおもったけど、ウィーンなど各地にもあるのか。まあ、ローマン・コピーだしね。「フオンラーベルグ」とは、フルトヴェングラーのことなんだろうか。あと、盾を持っているヴァージョンははじめて見たな・・・。ヴァティカンの髪をもっているものなど、木版がけっこういい感じだね(このとき、まだ写真の技術はあっても、それを印刷する技術はまだ確立していなかった)
ここで一番おもしろいのは、もっとも知名度の高いはずルーヴルのものが真っ先に紹介されていないことにあるとおもう。最下段の12図がそれになっている。

書誌情報をご存知の方はご一報頂けると幸甚です。

2012年 12月 02日(日) 20時14分51秒
壬辰の年(閏年) 師走 二日 丁酉の日
戌の刻 三つ

さわひらき Whirl(ぐるぐる)

2012年 11月 23日(金) 23時48分12秒
壬辰の年(閏年) 霜月 二十三日 戊子の日
子の刻 二つ

水野千依様

2012年 11月 15日(木) 00時05分57秒
壬辰の年(閏年) 霜月 十五日 庚辰の日
子の刻 三つ

表象文化論学会第7回研究発表集会

11月10日に、表象文化論学会第7回研究発表集会に参加しました。7月は発表者として参加しましたが、今回はオーディエンスとして。

わたしが学会に参加したらば、次の日には忘れていることがあるかもしれず、そうならないようにと記録しておきます。なお、ここにあるものは当然ながら個人の視点であり、学会公式のコメントではありません。 さて、わたしが参加したパネルは以下の2つになります。以下、パネルについて感じたことを記します。
また、ミニシンポジウムにも参加しましたが、これについてはまたの機会にします。  Continue Reading →

彼女にはわたしのかげが外国人のように…

京都でかげうつし展をみる。

この展覧会は、京都市立芸術大学ギャラリー(KCUA)であっていたのだが、1、2階をつかった展示になっていて、1階が入口になっている。入るといきなり松村さんのポルノマガジン。
ああ、そうだ・・・。ここに入ったときに、女の子が座って監視スタッフをしていたのだが、荷物をもっていたので、「お預かりします」と話しかけてきたので、「はい」と言った(つもり)で、荷物を預けて、交換札を受け取る。ちなみに加納俊輔さんの作品が配置されているところ。

そのあとがおもしろかったんだよね。荷物をあずけるところはインフォメーションにあるんだけど、そこにチラシが置いてあることに気付いて、展示をぬけだしてそのチラシをみて戻った。そしたら、彼女が何か話しかけてくる。彼女の口を読み取ろうとすると・・・日本語じゃない。英語なのだ。英語で話しかけつつ、近づいてきたので、思わず身構えてしまった。

これは、わざとである。
わたしのことを外人だと思い込んでいるらしいことはわかった。アジア系の英語を話す人と思ったのだろうか。英語で返事しようかなとしょうもない悪戯心が芽生えたけれども、まあ、ここはそういう所ではない。彼女にはわたしのかげが外国人のようにうつされているようだ。心のなかで「フフッ」と笑ってしまった。
加納さんのぐしゃりとひねられたオブジェがそんなやりとりの背景にあった。

そんなふうにわたしは無言で反応したり、声をちょっと出しただけで外国人かな?と思われることがある。

さて、「かげうつし」について。高橋耕平さんの作品は知っていたけれど、こうして「かげうつし」のテーマで《Sight of the blinking. 2》はスクリーンに近づくと自分の影が一緒にスクリーニングされるところがとても重要なところだと思う。ビデオをプロジェクターで投影するという形式のありかたの歴史性についてもふみこんだら、おもしろかったかもしれないとも思った。もちろん、ストイキツァ『影の歴史』も参照されていたけど、そのあいだにはおそらく、OHPの歴史(というか、3Mの歴史)があるべきで、これをここでも積極的にやってもらいたかったかなという欲も出てきたよう思う。

みてまわり、かの女の子から荷物を受け取る。
「ありがとう」と手話で表したら、悟ったようだった。わたしが外国人でもなく、日本の聾者であったことを。

2012年 11月 08日(木) 23時57分30秒
壬辰の年(閏年) 霜月 八日 癸酉の日
子の刻 二つ

フラ・アンジェリコ in サイゼリヤ

kyoto_Angelico

 

いろいろと調査。打ち合わせをする。
6日は研究会に誘って頂いた。Twitterで知り合った、ろばとくん( @rob_art )が主催しているというインスタレーション・アートについての研究会。クレア・ビショップを読んでいるとのこと。久々に名前をきいて思い出したのは、ハル・フォスター『反美学』という本。いま結構入手しやすくなったんだっけ?

どういう方々がいらっしゃるのかまったく知らなかったのだが、ろばとくんはとても活発な方であることをTwitterで知っていたし、時間が合えば参加してみようと思っていた。ちょうど他の都合が終わったら、19時を軽く回っていたときだったので、急いでカフェに向かう。

久しぶりに会う彼はとても元気そうだった。前に会ったのは、百万遍の、なんていうんだっけ、大きいチキンカツを出す店だったね。学生向けのレストラン。そのあと、素敵なカフェに連れていってもらったのだった。あのとき、、、わたしはまだ京都盲唖院の博士論文を準備していたのだった。ろばとくんの顔をみたとき、一気にあのときのシーンがリピートされたのだった。

研究会は四条河原町を西に歩いたところにある、サンマルクカフェ。このあたりはよくあるくエリア。そう、ピンボールのあるゲーセンがあるからね。人見知りのわたしとしてはカフェに入るまで緊張していたのだけれども、お見えになった皆さんは気さくな方々だった。
聾について、自分のこと、インスタレーション・アート、リレーショナル・アートについていろいろと言葉を交わす。わたしの今年の仕事も報告しつつ。ろばとくんたちからも質問をたっぷり頂いた。
森川さんからはポートフォリオをみせていただいた。そこに細い糸を使った作品があったせいなのか、写真家の鈴木さんが来られたときにiPadで作品を見せていただきながらコンセプト、うつらないものをとるという話があったときに、中世ルネサンスにおける多翼祭壇画における枠と枠の表現、枠同士のバランスが織りなす空間性が彷彿され、ルネサンスから現代にのびる細い、細い糸がみえた。

それで会の終了後、夕食に誘われ、サイゼリヤに行ったのだが、ここは初めて。壁をみると、フラ・アンジェリコがあるじゃん。そうか、ここはフラ・アンジェリコが見られるのか。サン・マルコにあるというそれは、光の方向が建築の作られ方と合致していると論文で読んだし、この絵がある空間そのものと鑑賞者がとる身振りの関連性を指摘する論文もあるが、この店ではどうやらフラ・アンジェリコを背中にしつつ食事をするらしい。
なんとも落ち着かない感じがする。

「受胎告知・・・」

おもわずそうつぶやいたとき、近くにいた女性二人組が怪訝そうな顔でわたしを見た。

2012年 11月 08日(木) 00時10分01秒
壬辰の年(閏年) 霜月 八日 癸酉の日
子の刻 三つ

ギャンブラー・シャルダン

keyword:シャルダン展/遊び/ホイジンガ

2012年 10月 23日(火) 23時53分20秒
壬辰の年(閏年) 神無月 二十三日 丁巳の日
子の刻 二つ

 

2012年9月21日15時50〜53分

2012年9月21日15時50分から53分のあいだに撮影した、夕立後の国立西洋美術館の中庭。

まだほんのりと暑い季節で、雨水がすうっと上にのぼっていくところなのだろう。しかしその様子を目で認めることはできない。結局、わたしたちの視覚はその程度にすぎないということを講義で話したことを思い出す。

それにしても、どうして夕立のあとの太陽はこんなにも優しく感じるのだろう。

 

楠木正成像

出光美術館から楠木正成像がみえるのだけど、これまで訪問したことがなかった。シャルダン展を鑑賞したので、その前にこの像に立ち寄ったときの写真。思ったより小さな像だった。

この像については、高村光雲も『幕末維新懐古談』において、「楠公銅像の事」として取りあげているのが知られるけれども、金子静枝がスクラップブックに記事を集めていたので訪問しなければと思っていた。どうやら、わたしはまだ金子静枝にとりつかれているようだ。

台座に設置されている銅板には以下のようにある(旧字は新字にしてあります)

自臣祖先友信開伊
予別子山銅坑子
孫継業二百年亡
兄友忠深感国恩
欲用其銅鋳造楠
公正成像献之闕下
蒙允未果臣継其志
董工事及功竣謹献
明治三十年一月
従五位臣住友吉左衛門謹識

像の前に立っているのはわたしだけれど、最近、こんな白っぽいファッションをすることがある。まぶしいせいか写真では白にみえるけれど、本当は軽いストライプの入ったパンツをはいている。

2012年 10月 20日(土) 00時13分30秒
壬辰の年(閏年) 神無月 二十日 甲寅の日
子の刻 三つ

絵巻の形式について

若杉準治編『絵巻物の鑑賞基礎知識』を手にする機会がありました。

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください。

 

「基礎知識」とあるだけに内容はわかりやすいものに仕上がっていますが、現在絶版で高価で取引されているのが残念ですね。復刊したほうがいい本だと思います。
目次は以下のようになります。

1、形式と様式に関する基礎知識
2、主題に関する基礎知識
3、文字と歴史から見た絵巻物
4、生活・風俗を知るための基礎知識

このうち、1の一部、絵巻の形式について書かれたところを読みました。 Continue Reading →

カメラ・オブスクラ・ポータブル

メディア論、視覚文化論、美術史、写真史について語るとき、どうしても外せない概念として「カメラ・オブスクラ」があります。かの名著ジョン・H・ハモンド『カメラ・オブスクラ年代記』が入口となる書籍といえますが、カメラ・オブスクラの構造を理解するならば、自分で作ってみるのが一番です。

自作については佐藤守弘先生のブログで紹介されています。これがもっとも簡単な方法といえるでしょう。実際、ここを参照する人は多く、わたしもそのひとりでした。
しかし、カメラ・オブスクラが大きくなると持ち運びが難しいという問題があります。かといって小さくするとあまり気分を味わえないという問題もあるように思われます。
そこで、このカメラ・オブスクラを他の場所で試したり紹介するために、持ち運びも簡単にできるタイプを制作してみました。
名付けて、プレイステーション・ポータブル(PSP)ならぬ、カメラ・オブスクラ・ポータブル(Camera Obscura Portable:COP)といえばいいでしょうか。

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東博めぐり

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「腊葉(さくよう)」(1冊 江戸時代・18世紀)
木の葉をはりつけているもの。スクラップブックではないけれども、このようなランダムに近い配置は本草学としてのものよりも、もっと自由になろうという気持ちがみえるようにも思う。

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「七宝古画貼付屏風」(涛川惣助作 明治23年(1890) 涛川惣助氏遺族寄贈)
明治23年の第三回 内国勧業博覧会に出品され、第二等妙技賞を受けたもの。これはちょっと興奮した。この博覧会について調べたことがあって、どのように展示されていたのか気になっていたのだけど、結構でかいんだな。二双一曲の屏風だけれど、そのうちの片方が寄贈されている。 Continue Reading →

レーピン展レヴュー

「国立トレチャコフ美術館所蔵 レーピン展」を鑑賞した。ここ最近は一人で展覧会をみてばかりだったのだが、イリヤ・レーピン(1844-1930)を見たいという人がいらっしゃったので、合間をぬって一緒にみる。その方も美術史がご専門なのでいろいろとご教示頂きながら。相手は手話ができないので、筆談でやりとりをしたけれども絵の前で筆談をするのはやっぱり良い。
手話にかぎらず、言葉を交わしたいという気持ちがあらゆる言語の基盤だと考えたい。

さて、トレチャコフ美術館のレーピンに関する紹介はこちらを。
レーピンの簡単な年譜はここを。
学芸員による解説はこちらをどうぞ。

さて、レーピン展のレビューをしておきたい。
この展覧会は、5つのパートに分かれていて、以下のようになっている。

Ⅰ 美術アカデミーと《ヴォルガの船曳き》
Ⅱ パリ留学:西欧美術との出会い
Ⅲ 故郷チュグーエフとモスクワ
Ⅳ 「移動派」の旗手として:サンクト・ペテルブルク
Ⅴ 次世代の導き手として:美術アカデミーのレーピン

年代順にはなっておらず、レーピンをテーマ別に再構成したような内容になっている。この手法が主流だとおもうけれど。
出品されているのはすべてトレチャコフ美術館蔵のレーピンの絵画で、関連する他の画家は1枚も出品されていない。レーピンの回顧展といっても差し支えないが、トレチャコフ美術館にあるもので占められていて、他の美術館の代表作は来ていないので大々的というわけでもない。それでも、これからレーピンをみたいなとも思うし、ロシア旅行したときにいい座標になる。それよりも何より19世紀のロシアについて考えるときにとてもよい企画だ。

展示室はワインレッドを貴重に構成されたインテリア。目録もワインレッドにみえる。
さて、展示室に入るとレーピンの自画像が出迎えてくれる。

Repin 1

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辰野登恵子と柴田敏雄


Keyword:辰野登恵子/柴田敏雄/国立新美術館/与えられた形象

2012年 9月 01日(土) 01時13分04秒
壬辰の年(閏年) 長月 一日 乙丑の日
丑の刻 一つ

扇言葉

表象文化論でご活躍されている、小澤京子さんがフラゴナールを模したスカートの元ネタは何だろうとツイートしていた。こんなスカートだ。

それはわたしがかつて、ニューヨークのフリック・コレクションにある、「フラゴナール・ルーム」でみた「愛の進展:出会い」のことだ。
スカートに引用するとどうなのかなあと思いながらみていたけど、悪くないんじゃなかろうか(悪趣味?)。確かに、フラゴナールはゴスロリやロリータと相性がよい画家だと思う。フランソワ・ブーシェは女体が輝いているような雰囲気があるけれど、フラゴナールはいくぶんが現実を見つめようとしているように感じられた。

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レーピン展にむけて

いま、Bunkamuraで開催されている、「国立トレチャコフ美術館所蔵 レーピン展」。わたしはこの画家についての予備知識がほとんどなく、背景がよくわからないので、まず大月源二『レーピン』(人民文庫 青木書店 1953年)を読みました。

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なお、これはネットで全文公開されています。このうち、レーピンが生きたロシアについて書かれた「時代と環境」のところを読みました。この本は以下の3章で構成されています。

戦闘的なブルジョア美術
移動派 ― 人民の中へ
反動の時代

著者の大月源二本人も日本プロレタリア芸術家連盟に加わり、北海道で活躍した画家であり、その傍らでレーピンについて資料を収集し、この本を書いたらしい。あとがきにこう書かれています。

「かつて日本のプロレタリア美術運動はレーピンや、スーリコフなど、ロシヤ移動派絵画の貴重な遺産には殆ど関心を払わずに過ぎてしまった。運動が壊滅した後の長い反動と戦争の間に、私はレーピンを発見し、その現実主義の力に打たれ、資料を集め、貧しいロシヤ語の力に鞭打って研究を続け、戦後もその努力を続けた。」

大月は仕事を通じてレーピンを知り、もっと知りたいと思ったわけです。 Continue Reading →

わたしを戸惑わせる葉

CR park

クリムトの「公園」 画面のほとんどを葉が占めている。こぼれ日は見えないかもしれない。木のようでありながら、枝がほとんど見えず、葉はどの木に属しているのかもわからない。ひどく困惑するような絵だ・・・。

The Park, Gustav Klimt (Austrian, 1862–1918)
1910 or earlier. Oil on canvas, 43 1/2 x 43 1/2″ (110.4 x 110.4 cm). Gertrud A. Mellon Fund
http://www.moma.org/collection/browse_results.php?object_id=78411

奈良美智とペリー

「奈良美智:君や僕にちょっと似ている」「ペリーの顔・貌(かお)・カオ -「黒船」の使者の虚像と実像-」が同じ横浜であっているというのは奇遇なことかもしれない。
だって、奈良は顔を描くほうで、ペリーは顔を描かれる側という能動/受動の関係にあるよね、単純に考えて。

展覧会のメッセージで奈良はこう言っている。

「もはや好むと好まざるにかかわらず、自分が作るものは、僕自身の自画像ではなく、鑑賞者本人や誰かの子どもや友達だと感じるオーディエンスのものであり、欲を言えば美術の歴史の中に残っていくものになっていくと思っている。自分の肉体が滅んでも、人類が存在する限りは残っていくものということだ。」

それで、ペリー展ではこんな説明がつけられている。

「ペリーの肖像画は、幕末期に来日した他の外国人とは比較にならないほど多く、また様々な顔貌のものが描かれ今日まで遺っています。」 Continue Reading →

夜に包まれる絵画

今年、絵金が生まれて200年目ということをニュースで知った。絵金といえば、高知の赤岡町に絵金蔵という、絵金のコレクションでは日本一の美術館がある。それで赤岡には毎年7月に絵金祭というのが開催されていて、いつか訪問したいと前から思っていて、去年訪問を果たしている。

そのときの写真なんだけど、18時から21時前までこの祭りにいたことを覚えている。18時前はまだ明るくて、お祭りもまだこれからって感じになっている。しかお祭りがはじまって絵金の屏風が出てくると一気に賑やかになってくるのが感じられるのがとても面白かった。絵金がもっている、あの不条理で、血にまみれた世界が屏風の向こうにあってそれらを見世物のように見ているのがなんとも、絵のなかと外を曖昧にしているような感触があった。絵について語り合ったり。町の人が絵について説明しているのもおもしろい。

ふっと思うのは、絵画ってほんとうはこういうものだったと思う。本来は美術館に入っていて、ガラスに包まれてきれいに保護されているけれども、ここで出されているのは学芸員ではない、赤岡のひとたちの手によって守られているものなのだよね。ダイレクトに絵そのものがわたしの目の前にある。

それにしても暗くなるにつれて、蝋燭に灯された絵金の屏風がいよいよ怪しさを増してくるのには驚いた。ゆらゆら揺れるのは怖いし、ホラーと言えばホラーといえるのだけど、それ以上に目をひいたのは屏風という、美術館でみることが多くなってしまったひとつの記号が外にとび出しているだけで、独り立ちしていたように見えたことである。美術の制度からほんの少し、離れているかのようだ。

2012年 8月 03日(金) 22時53分51秒
壬辰の年(閏年) 葉月 三日 丙申の日
亥の刻 四つ

歴史と地理を横断する — ベイルート

少し前、アラブ・エクスプレス展(森美術館)をみる。

そのなかで「おおっ」と思わず声をあげてしまった展示がこれ。
ラミア・ジョレイジュ(1972-)の「ベイルート — ある都市の解剖」というもの。彼女はサイトをもっていて、詳しく紹介しているので参考に。ネーミングからしてすでに面白そうと思ってしまうけれども、展示は映像や写真を組み合わせつつ、ベイルートの歴史を書き出しているもの。個人的な事項も含まれている。わたしはベイルートに行ったことがないけれど、絵や写真、映像は高さが異なっていて、体を動かしながらおのおののオブジェクトをみつめていると、自分のなかでベイルートの地理的な感覚も作られるようだ。

歴史に関するイベントで、遺跡ツアー、町歩きとかいろいろあるけれども、その延長にあるようなもので、歴史を体感するというか。京都盲唖院の研究をはじめ、わたしが行おうとしている仕事もこのように地理的な感覚をもっと訴えるものにしなければならないと思う。

積み上げられた苺

9月からのシャルダン展の目玉がまさにこの『かごに盛った野苺』(1761年,個人蔵)。 サイトをみたときに、す考えるところ、このシャルダンの静物画は古典主義の最後に位置するものだというが、その例としてとりあげるのがこの絵。ジョナサン・クレーリー『観察者の系譜』ではこう記述される(原書62-63, 訳書98-99)。 Continue Reading →

ターナーと太陽

ジョナサン・クレーリー『観察者の系譜』の5章「視覚的=幻視的抽象化」に出てくる、ターナーの2枚の絵。これは太陽の観察とからめて出てくる。クレーリーによれば、ターナーと太陽の関係はよく知られているというのだが、実は、わたしはこの本でそういうことを知った。
この本で取りあげられる2枚の絵は図版として同書に収録されているのだが、モノクロで分かりにくい。なので、テートよりカラーをみてみたほうがいいと思う。

Artist:Joseph Mallord William Turner (1775‑1851)
Title:Light and Colour (Goethe’s Theory) – the Morning after the Deluge – Moses Writing the Book of Genesis
Date:exhibited 1843
Medium:Oil on canvas
Dimensionssupport: 787 x 787 mm
Collection:Tate
Acquisition:Accepted by the nation as part of the Turner Bequest 1856
Reference:N00532

Artist:Joseph Mallord William Turner (1775‑1851)
Title:The Angel Standing in the Sun
Date:exhibited 1846
Medium:Oil on canvas
Dimensionssupport: 787 x 787 mm frame: 942 x 942 x 73 mm
Collection:Tate
Acquisition:Accepted by the nation as part of the Turner Bequest 1856
Reference:N00550

雪村自賛自画像の解説例

今更、といわれるかもしれないけれど、田中一松先生の「雪村自賛自画像の一考察」『國華』71、28頁を改めてチェックした。
雪村自画像は、大和文華館にあって、2、3回ぐらい見たことがある。現存するなかでは日本最初の自画像ではないかという話もきいたことがある。その経緯は田中先生によれば、「美術研究」(198号、昭和33年)にて紹介したのを矢代幸雄が読み、収蔵したという。
それで、これはかつて「月下僧像」とされていたが、上記の田中論文によって今の名前になった。田中先生によるこの自画像の記述も簡潔にして要を得ているので、ここでも箇条書きに記述しておいて参考にしておきたい(國華だから、旧字使いになっているけれどもここでは直しておきます)。 Continue Reading →

ガラスの亡霊

ハンガリー生まれの写真家、アンドレ・ケルテス(André Kertész, 1894–1985)の「夜の摩天楼;二重露出」”Skyscraper at Night; Double Exposure”というもの。わたしがとりわけ好きな写真家のひとりだが、この写真をみていると思い出すものがある。それは、バスや電車に乗っているときのこと。

バスと電車の両脇にはガラスがあって、街並がみられるようになっている。とくに視線を運転席の方向に向けたときには、両脇のガラスが同時に視界に入ってくるだろう?
そんなとき、その景色は光の具合によってときどき、すぐ向こうに見える風景だけではなく、反対側にいる乗客の表情や衣服、そして外にある家や樹木、空のいろがガラスに映り込むことがある。乗り物だから、動けばガラスに映るものも動くわけで、光が瞬いている。いわば、バスや電車はガラスの乗り物の一歩手前にあるようなものなのかもしれない。

そんなとき、わたしはいつもケルテスのこの写真を思い出している。でも、これはガラスが映り込むんじゃなくて、タイトルにDouble Exposureとあるように、二回、露出してあるんだよね。つまり、スカイスクレーパーを二回、レンズを通してフィルムにイメージを封じている・・・。重なった建築はお互いが透過しているかのようで、どちらがどちらでもない。あのバスの風景のように。
クリスタル・パレス、ミース・ファン・デル・ローエといったガラスとともに在った近代建築史の大切な話をとおりぬけると、この写真に行き着くような気がしている。20世紀の都市はガラスに囲まれていて、そう、このスカイスクレーパーのように、ガラスに映り込んでいる亡霊を感じながら生きていたのではないかとも思う。

2012年 7月 22日(日) 23時54分57秒
壬辰の年(閏年) 文月 二十二日 甲申の日
子の刻 二つ

同じ絵なのに、違う


ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(1399/1400 – 1464)による、「若い女性の肖像」(1430頃, Gemäldegalerie, Berlin)というもの。どちらも同じ絵だけれども違うものにみえる。具体的には左のほうが白みを帯びていて、右は経年変化のような黄ばみがみえるようにもみえる。撮影条件、パソコン上の処理、修復の有無によってこうも違うものになってしまっているのだろう。でも、「どちらが正しいの?」ではなくて、この違いそのものをみることがとても大切で、たとえば資料をみるときやごはんを食べるときでさえ、そういうことがあると思う。

例えば、わたしはよく行くカフェがあって、それは1人でしか行かないようにしているれど、すごくおいしいケーキがあるんですよね。それをカプチーノと一緒に頼むのがささやかな楽しみになっている。ところが、ある日それは普段と違った。生地がほんのすこし湿っぽかったのだ。それで帰り際に「今日のケーキ、生地がいつものと違ってパリパリしていなかったね。」とスタッフのお姉さんに伝えたら「そうなんですか?!厨房に伝えておきます!」と返してくれた。

資料だって、デジタルでみるものと実際にパラパラとめくるものは違う。とくに、明治の印刷物はザラザラした紙に活版印刷による凹凸が混じっていて、文字そのものがそこにあることがわかるように・・・。

きりがないけれども、同じようにみえるものが違ったものになっている。モナリザだって毎日「同じはず」だなんてない。絵もまた何かの条件でこんなに色合いが違ってしまっている。
わたしはあいにく、これを見た事がないのでどう見えるのかはわからないけれど、しかし目の前にあるものが絶対だと信じないことだな。じゃあ、何を信じたらいいのと聞かれたらこう答えようではないか。変わり続けることを信じろ、と。なあに、怖くないよ。

2012年 7月 21日(土) 21時54分48秒
壬辰の年(閏年) 文月 二十一日 癸未の日
亥の刻 二つ

耳に手をあてる

ジョシュア・レイノルズの自画像がgoogleで細かくみられるようになっていた。もとはといえば、tateのコレクション。

これはまだ見たことないですね。手を耳にあてているという身ぶり、よく聞こえないのか、あるいは耳を澄まそうとしているのか。しかしおもしろいのは、わたしが同じ身ぶりをすると、自分が滑稽にみえるような気もする。

松本竣介展をみたあと、スタッフのNさんと少し話をして、そのまま海に出た。
繰り返される波が、わたしに何かを訴えかけてくるように感じられるのはわたしの錯覚にすぎないが、しかし、すれ違うことのなかった、耳の不自由な身体がこの葉山の海で出会うということについて、不思議な感慨があった。

松本竣介の兄、彬が「弟は若し耳が不自由でなかつたら畫業につきはしなかつたかも知れません。(・・・)聴力を失つた為に其の総てを畫業一つに籠めるやうになつたのは何か運命が大きな示唆を與へてゐるやうに思ひます」と書いている(カタログ、258頁)。

まわりの人が、松本竣介のその聞こえない身体の先に運命を信じていたのか。それはたいへん心強いことばに感じられた。わたしもその聾というおのれに課された身体の先にあるものはなにか、それは目の前にある仕事を淡々と続けてゆくことのみで見えることだろう。

Maha Maamoun, Domestic Tourism II

MoMAより引用。というか、“Mapping Subjectivity: Experimentation in Arab Cinema from the 1960s to Now, Part I”なんておもしろそうなことをしていたのね、MoMAって。

Domestic Tourism II

2009. Egypt. Directed by Maha Maamoun. Exclusively utilizing footage from other Egyptian films that use the pyramids as backdrop, Domestic Tourism II explores the ways in which these iconic historical monuments can be reappropriated from the “timelessness” of the tourist postcard and reinscribed into the complex political, social, and historical moment in urban narratives. In Arabic; English subtitles. 62 min.

Le bienheureux Ranieri délivre les pauvres d’une prison de Florence

ルーヴルで見て以来、惚れた絵の一枚Sassetta(サセッタ)による、福者ラニエリがフィレンツェの牢獄から貧者を解放しているシーンを描いたもの。サセッタについてはバーナード・ベレンソンなどいくつかの研究書が出ているし、“Sassetta: The Borgo San Sepolcro Altarpiece (Villa I Tatti) “というのが最近出ているけど、まだ持っていない。以下、ルーヴルからの情報をそのまま貼付けておく。

Le bienheureux Ranieri délivre les pauvres d’une prison de Florence
Entre 1437 et 1444  H. : 0,43 m. ; L. : 0,63 m.

Elément de la prédelle postérieure du polyptyque de Borgo Sansepolcro.
Le bienheureux Ranieri vient délivrer quatre-vingt-dix pauvres gens, retenus dans une prison de Florence, qui lui avaient écrit pour lui demander de l’aide.

ボッティチェッリのメダル

表象文化論学会第7回大会 パネル2のポスターをつくりました。ボッティチェッリの絵を背景に据えています。手にもつメダルは古画の嵌入(inset)で、切り貼りのひとつとして。
以下よりダウンロードすることができます。
どうぞよろしくお願いいたします!

PDF版:http://tmtkknst.com/works/poster_repre7_panel2.pdf
JPG版:http://tmtkknst.com/works/poster_repre7_panel2.jpg

ボッシュを服にする

アレグザンダー・マックィーンがボッシュを基調にしたドレスを。肝臓のところにある魚は聖アントニウスの誘惑からとったもの、とすぐわかるけれども、コラージュ的に組み合わせて作ってある。いいなあーーーー。こういうの大好きですが、わたしは男性だからなあ。
え?彼女に着せたらいいんじゃないかって。そりゃあまあ、そうですがね。

関係ないけど、この絵を所蔵している、Museu Nacional de Arte Antigaはあんまり細かな画像をみせていないんだね。

表象文化論学会第7回大会 パネル2について

表象文化論学会の大会が近づいてきましたので、パネル2の概要をお伝えします。
どうぞよろしくお願いいたします。

タイトル:「結晶化する物質 ― 切り貼りにおける時間と固有性」
日時:7月8日(日)東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム
10:00-12:00
司会/コメンテーター:大橋完太郎(神戸女学院大学)
パネル組織者:木下知威
発表者:木下知威、小松浩之、田口かおり Continue Reading →

シンポの種明かし

「アビ・ヴァールブルクの宇宙」で は、何か特別な仕掛けがあると予告されていたけれどもそれは、ほぼ原寸大(原寸より少し小さい)のパネル構築だった。全てのパネルではないが。写真を拡大しているだけだが迫力がある。ただ、左端のパネル45だけ、図版をとり、グリップもできるだけ同じものを使い、カラーであることを試みている。しかし、カラーになるとヴァールブルクが強調したい身ぶりについて見えにくくなるという解説が田中先生によってされていた(裏返していえば、モノクロにすることは大きな意味があるということ)。

下はパネル45の拡大写真。より記憶が鮮明になった気持ち。

マウリッツハイスへ

マウリッツハイス展が開催されたそう。楽しみ。昔、オランダを旅行したときにすごく行きたかった建築だったのを覚えている。絵もだけど、建築をみたいという気持ちがあって、それでロッテルダムからデンハーグまで電車で移動したとき、雨雲がすごくて、あんまいい天気じゃなかったんですよね。

それで駅について(でもここ、最寄りのデンハーグ・セントラルじゃない)、バスに乗って・・・マウリッツハイスの最寄りらしいところで降りたのを覚えている。

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ハンマースホイの重力

keyword:ヴィルヘルム・ハンマースホイ/Hammershøi and Europe/西洋美術館/重力感

2012年 6月 25日(月) 23時58分04秒
壬辰の年(閏年) 水無月 二十五日 丁巳の日
子の刻 二つ

ブックフェア「表象文化論のアトラス」の感想

表象文化論学会全国大会(7/7-8)との連動企画としてのブックフェアが始まりました。
場所はMARUZEN&ジュンク堂渋谷店です。 Continue Reading →

「暉雄」と識字率の歴史

曾我蕭白《群仙図屏風》(六曲一双(各172.0×378.0cm)のうち右隻,1764年, 紙本著色, 重要文化財)

 

先日、千葉市美術館であっていた「蕭白ショック」をみていたときに思ったことがあるのだけど。蕭白は落款を「曾我蕭白暉雄筆」とか「曾我蕭白暉雄画」「曾我蕭白左近次郎暉雄筆」とすることがあるんですよね。それでこの展覧会を担当された、千葉市美術館の伊藤紫織さんに「「暉雄」をどういうふうに読まれていますか?」と尋ねたことがある。 Continue Reading →

ボッティチェッリの内奥の本質を、「優美なナイーブさ」とか「魅惑的な憂愁」として公衆の愉しみに供するのは、現代の感傷的な甘言のなすところである。

ボッティチェッリが身につけていた気質とは、自己本位の誇示のための優雅な衣服のようなものではなく、締めつけられた覆いのようなものであり、思索する芸術家の、いまだに未熟な手段を用いて、それを開け拡げること、これがボッティチェッリの生涯にわたる仕事の自覚的な目的であった。

アビ・ヴァールブルク

寛仁さまにお会いした日

keyword:寛仁/ボッティチェッリ/アケロオスのニンフ

2012年 6月 17日(日) 22時34分47秒
壬辰の年(閏年) 水無月 十七日 己酉の日
亥の刻 四つ

もっと気軽に、美術館へ!

テートブリテンをキュレーターのGus Casely-Hayfordさんが歩く映像。ラフなファッションで何も持たずに絵と絵のあいだを飛んでゆく。こういうふうに美術館を歩き回き、会話していくのがいい!作品と格闘するのも、戯れるのも。

“ART OF ANOTHER KIND”

グッゲンハイム美術館の”ART OF ANOTHER KIND”展のサイトがすごくカッコイイ。JAVAで動かしている。どこがやったんだろう?ちょっとググってみたけれどやり方が悪いのか、わからない。

美術館は展覧会ごとに特設のウェブサイトを開くようになったよね。そのはしりってなんの展覧会だろう?インターネット・メディアと美術というテーマで考えると面白いかも。

ラファエロの時計

2013年にラファエロ展があることがアナウンスされたので、パテック・フィリップ・ミュージアムの動画を。この動画のおわりに、ラファエロの “La Madonna della Sedia” をモデルにした懐中時計が紹介されている。円という絵をそのまま時計に採用しているところが憎い。他にもねずみや昆虫をモデルにした自在置物のようなギミックや鳴く鳥、綱渡りもあり、時計制作はそういうからくりと親しいことがあらためて伺える動画。これらの装置をみていると、カメラオブスキュラ以後、映画以前の「映像」のようにも感じられる。

ヴァザーリとパノフスキー

いま、ヴァールブルクのボッティチェッリ論を読んでいて思ったのだが、この関連書籍のひとつにディディ=ユベルマンの『イメージの前で』がある。
これは、美術史の発明者であるヴァザーリとその末裔で改革者であるパノフスキーのふたりが中心に論じられているもの。16世紀の画家でもあったヴァザーリと19世紀から20世紀にかけての美術史をリードしたパノフスキーというわけだけれど。 Continue Reading →

エドガーとトーマス

edgar

Edgar Martinsの写真展を去年、山本現代で見ているんだけど、この写真が強烈に脳裏にあって。

サイトにはポルトガルの「1950年代から1970年代にかけて相次いで建設されたこれらの水力発電所は、かつて200人以上の職員により管理されていた巨大装置でありながら、コンピューターで遠隔操作が行われるようになった現在ではほぼ無人で運転を続けています。管理システムに接続された機械が延々と並び、人間の気配の感じられない大空間を自若に捉えたこれらの作品には、われわれ人間がかつて描いたモダニティの奇妙な残骸が浮かび上がります。」 Continue Reading →

高橋由一との再会(高橋由一展)

2012年 6月 08日(金) 23時14分45秒
壬辰の年(閏年) 水無月 八日 庚子の日
子の刻 一つ

不安げな画家 — Ferenczy Károly

Gyermekeim

Noemi

Ferenczy Károly(1862-1917)という、ハンガリーの画家がとても気になるこのごろ。ハンガリーには彼の美術館もあるようで、著名らしい。日本では紹介されたことがあるのだろうか? 果たしてどのくらい知られているのであろうか。実物をみたことはないけれど、境界の曖昧さと身ぶりがなす雰囲気は、印象派の・・・そうだね、スーラとかのインスピレーションを受けつつも近代における「不安」が感じられ、ムンクのようでもある。

宗教画も描いているようだ。これは東方の三博士だろう。

FK4739

自己の自動生成システム

カメラとコンピュータを使って一筆描きで自画像を作成するシステムの映像。このセルフ・ポートレートを試した人たちの写真もある。面白いのは、「自分を見ず」に「オートメーション」で描かれるということだろう。ゲーセンには、顔を撮ってもらったら自動的にイラストになってくる機械があったけれど、それとも違う。被写体がペンをもって紙の上におけば自動的に絵が描かれるというプロセスが入っている。

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ポリツィアーノとボッティチェッリ

PolizianoPoliziano “Stanze per la giostra di Giuliano de’Medici”
(Firenze, Antonio Tubini, lorenzo d’Alopa, Andrea Ghirlandi, c.1500)

いま、集中している研究があり、そのなかで少し気になることがあったので、アビ・ヴァールブルク『サンドロ・ボッティチェッリの“ウェヌスの誕生”と“春”―イタリア初期ルネサンスにおける古代表象に関する研究』を読み始める。原書は1932年、ライプツィヒで出版されたもの。わたしにとってヴァールブルクの出会いはだいぶ前で『蛇儀礼』が最初の読書だった。
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セライオ《プシュケーの物語》について

ヤコポ・デル・セライオ《プシュケーの物語》(1490年頃、ボストン美術館)について記録しておきたい。セライオの生没年は1441–1493というが、確定していないそう。もしそうであれば、15世紀に活躍したフィレンツェの画家とまずは覚えておこう。むろんこういう人いっぱいいるけども。セライオのこの絵はもともと家具の一部だったらしい。横に細長い家具だったと想像される。

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機械仕掛けの鳥かご

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=He4HYZOGY7E#!

機械の鳥かご。まさにちゅんちゅん!じゃないの。

レンブラントのFB

@kandelion さん「てぃっつぁんのFBとかリア充の極みに違いない」というので(てぃっつあんとはティツィアーノのこと)、もし、レンブラントがFacebookをしていたら?という内容をポスト。

ゴッホやフェルメールとやりとりしている。ゴッホとレンブラントは生没年が重なっていないので本来は会っていないはずだけども、楽しい。

クリスティアーン・ホイヘンスやルーベンスとも繋がってるwwww

高橋由一と三島通庸

いま、東京芸大であっている、高橋由一展に向けて『三島通庸と高橋由一 ― 西那須野開拓百年記念事業』という本を前に読んだのでここにメモしておきたい。
これは、三島が土木工事で切り開いた道、栃木、福島、山形の道を高橋由一が描いたことを中心に論じている本。高橋は200点ほど描き、そのなかから128点をピックアップした『三県道路完成記念帖』(三巻)を出版した。
裏返してみれば、三島が油彩画によるイメージの敷衍という効果を知っていたからではないかということが論じられている。

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なぜ屏風は「六曲」が多いのか?

日本画で屏風という形式を考えるとき、どうして六曲がメインのフォーマットになっているのかということがある。二曲、四曲、八曲の屏風があるにもかかわらず、どうして六曲が定着したのか、という話。それで、『日本美術襍稿: 佐々木剛三先生古稀記念論文集』には村重寧さんの「二曲一双」が収録されているのが参考になる論文。これは本来は宗達、光琳、抱一の二曲屏風について考察するのが目的だが、前半に屏風に六曲が多いのかという理由を書いている。以下、村重さんの話をまとめる。

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レオナルド「最後の晩餐」のオートマトン

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レオナルドの「最後の晩餐」をオートマトン(自動人形)としたもの。Henry Phaliboisに帰属、1890年代ではないかというもの。これはいいね!
ちなみに動画もあり、こちらで見られる。
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カメラを使わずに風景を撮る

Velodyne LIDARというものを使っている。レーザーを照射してその反射で周囲を形成するというものでコウモリやイルカがやっている方法に近い。