表象文化論学会第7回研究発表集会

Posted on 2012/11/11

11月10日に、表象文化論学会第7回研究発表集会に参加しました。7月は発表者として参加しましたが、今回はオーディエンスとして。

わたしが学会に参加したらば、次の日には忘れていることがあるかもしれず、そうならないようにと記録しておきます。なお、ここにあるものは当然ながら個人の視点であり、学会公式のコメントではありません。 さて、わたしが参加したパネルは以下の2つになります。以下、パネルについて感じたことを記します。
また、ミニシンポジウムにも参加しましたが、これについてはまたの機会にします。 

研究発表2「都市・建築・環境」(10:30-12:00)
本田晃子(北海道大学)「機械的自然と自然的機械——モスクワ地下鉄建設にみる「自然の克服」」
瀧上華(東京大学)「山口勝弘とフレデリック・キースラー——「空間から環境へ」展を中心に」
司会:田中純(東京大学)

本田さんのご発表は、スターリン期におけるモスクワ地下鉄の整備に着目し、自然をめぐる解釈を行いたいといいます。なぜ「建築物の不自然さ」を「自然」によって克服しなければならなかったのかという視点のもと、地下鉄駅に使われた自然のモティーフに着目し、それを分析することで自然と技術に関する思想を明らかにしようと試みられたもののようにみえました。
この発表は3つのパートに分かれます。まず「機械的自然」「自然的機械」「人為的自然」に分けます。本田さんが主に典拠したのは、『ソ連建築』に掲載された批評のテクストです。例えば、「機械的自然」についてですが、「スターリン期のメガロマニアな建築が有する、圧倒的の量隗の不動性や厳格なオーダーを被覆し軽減するためのものである」と書かれるテクストを紹介します。
本田さんは小麦の意匠を使う例と、花の意匠を使う例を紹介されていました。例えば、本来はアカンサスの葉を柱頭に使用するのですが、それをせずに小麦に使用していると指摘されていました。 地下鉄建設において自然の意匠をもって有機的な空間を作り出す目的は、征服のためだというのです。
ここで引用されているのはクレツェワという人のようですが、わたしたちからすれば、ここは発表における重要な参照点のはずで、レジュメにその人物について記載しておくべきだったろうと思われます。まとめとして、モスクワの地下鉄とは「それ自体が「自然の克服」「理想的庭の建設」を実現するためにあったと結論づけるものでした。
司会の田中先生はこれに関連してパリの地下鉄との相違点や軍事施設としての地下鉄の存在/非存在について指摘し、 オーディエンスの加治屋健司さんは地上における自然装飾について質問されておられ、本田さんは地上ではこのような表現はされていないと回答していました。

瀧上さんのご発表、1968年に松屋デパートにおいて開催された「空間から環境へ」展に関係した山口勝弘ら会のメンバーの言説よりひもとくものだった。山口がキースラーから影響を受けていたことは周知の事項であるが、キースラー本人の《ギャラクシーF》(1960)を引きつつ以下のように述べたところを紹介されていました。

「これらの「銀河系」は「絵画」とは以下の点で異なっている。「銀河系」は1つの絵画ではなく複数であり、それぞれの距離は関係性の中であらかじめ定まっている。1枚の絵画が空間への追加である一方で、「銀河系」は空間との統合である。それゆえ「銀河系」のユニット間の隙間は、それらが周囲の環境の中に浮かび、周囲の環境と接続しているために、ユニットそれ自体と同じくらい重要なものである。」

この展覧会において、なにか示唆があったものと思うが、それが明瞭に見えないのが気になった。展示会場の写真をみると、たしかに宇宙のようなイメージは漂うけれども、磯崎はこれを「遊園地」のようだと書いていたし、このあたりの整理も必要だったかもしれない。
しかし、それ以上に、なぜ、このデパートで開催されなければならなかったのか、そのバックグラウンドの解説をしておけば、この発表はより立体的なものになり、山口が松屋をどう意識していたかについて迫ることもこの発表をより魅力的なものにするのではないだろうかと思いました。あるいは、また、松屋ではどのような展覧会を開催してきたのか。いわゆる前衛的なものをたくさんしていたのか、それともこの展覧会が初めてだったのか。それも検討する点ではないか。
また、レジュメをみると、参考文献の順位(一次、二次)が区分されておらず、整理されていないところは修正する必要があるように思われた。


研究発表3「映像のリミット」(13:30-15:30)

宮本明子(早稲田大学)「「小津的」を構成するもの——小津安二郎・野田高梧による里見弴の著作拝借をめぐって」
閔愛善(早稲田大学)「周縁的存在の民族誌としての映画——鈴木清順の映画を中心に」
榎本千賀子(一橋大学)「合わせ鏡の写真論——新潟県六日町今成家に伝わる写真をめぐって」
司会:長谷正人(早稲田大学)

宮本さんのご発表は、小津安二郎の作品に里見弴がどのように関連しているのかを小津の言葉、テクストから拾い上げつつ論じ、結論として小津の映画にみられる台詞のやりとりは里見から見いだすことができるというものだった。
そして、配布されたレジュメの2頁に小津作品と里見の文学の関係が一覧表として示されているのですが、これは簡単にできるものではありません。全体と部分をチェックして作られている表だと感じ、これは十分評価できるものになっているように思われました。
要するに、わたしは文学と映画の両方を同時に扱おうという姿勢はまさに表象文化論にふさわしいテーマのように感じられますが、その具体的な方法をどのようにされるのかという関心をもってこの発表をみていたわけですが、その方法論が先ほどの表にあらわれていたように思われます。また、発表後の質疑でOさんが、小津について疑念を示していたところはハッとした。

閔さんのご発表は、鈴木清順の映画から、周縁的存在 — 流れものなどを取り上げているもののようでしたが、わたしには発表の目的と、彼女の論点を十分に理解することができませんでした。発表の練習も十分にされていないように感じられてしまいました。質問されていたOさんは「なぜ民族誌、なのか?」と疑念を示しておられました。
ただ、彼女が取り上げている鈴木清順の映画『オペレッタ狸御殿』では、背景に尾形光琳と狩野永徳の屏風をコピーしたものを使用しているショットが選ばれています。これらの絵はいずれも当時の文化における中心人物によるものの作品でした。この映像をあえてトリミングした理由はなんだったのか、また、桃山・江戸の中核的な視覚イメージを引用することで、周縁そのものを浮上させる狙いがあるのでしょうか。そんなふうに「周縁的存在」の人たちにとってその存在を引き立てるものとして分析を行うことで、より創造的な発表が可能だったのではないかという、そんな考えが湧きました。

榎本さんのご発表は、よく整ったものでした。私が今回もっとも楽しみにしていた発表といっていいかもしれません。発表の全体像を示しつつ、背景、目的・・・わかりやすく理路をたどるもので、わかりやすかった。
ただ、今成家の写真コレクションについては、具体的な量、その内容の分類に関する一覧表を示したほうがもっとよかったでしょう(これは長谷先生も指摘されておられました)。しかし研究目的がとても明快で、すっきりと頭に入ってくる内容でした。取り上げられる写真は、今成無事平(1837-1881)という六日町の地主による撮影とされるものです。スライドでおもしろいというか、繰り返し、錦絵を抱える人物写真を呈示されることで記憶が強化されますよね。この写真をわたしは忘れないでしょう。
露光時間が数秒から数十秒という長さの湿版写真であることから、頭部を鮮明に写すために扇を使って頭部を支えることで、自然にみせているところはたしかに計算された構図を思わせます。『人心鏡写絵(ひとごころかがみのうつしゑ)』という、人の本心が胸部の丸い形をした鏡に幻燈の映像に映るという話を引用しつつ、錦絵を抱える男と重ね合わせようとし、さらに定九郎とも関連づけようというくだりは素晴らしい分析だったと思います。
そして、榎本さんは無事平の「思ひやつれしかほうつすより うつしてみせたへ胸のうち」という都々逸を引用することで、写真が「胸のうち」つまり、内面を写すことの不可能さを無事平が認識しつつも、定九郎を胸にあわせることで逆説的に、こころのなかにあるものを抱える男が演じるという、構造になっていると指摘していました(ここは正確かどうか・・・)。

2012年 11月 11日(日) 23時06分53秒
壬辰の年(閏年) 霜月 十一日 丙子の日
子の刻 一つ

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