紙に気持ちをのせる

2012年 7月 31日(火) 12時47分30秒
壬辰の年(閏年) 文月 三十一日 癸巳の日
午の刻 四つ

少し前、アラブ・エクスプレス展(森美術館)をみる。
そのなかで「おおっ」と思わず声をあげてしまった展示がこれ。
ラミア・ジョレイジュ(1972-)の「ベイルート — ある都市の解剖」というもの。彼女はサイトをもっていて、詳しく紹介しているので参考に。ネーミングからしてすでに面白そうと思ってしまうけれども、展示は映像や写真を組み合わせつつ、ベイルートの歴史を書き出しているもの。個人的な事項も含まれている。わたしはベイルートに行ったことがないけれど、絵や写真、映像は高さが異なっていて、体を動かしながらおのおののオブジェクトをみつめていると、自分のなかでベイルートの地理的な感覚も作られるようだ。
歴史に関するイベントで、遺跡ツアー、町歩きとかいろいろあるけれども、その延長にあるようなもので、歴史を体感するというか。京都盲唖院の研究をはじめ、わたしが行おうとしている仕事もこのように地理的な感覚をもっと訴えるものにしなければならないと思う。
わたしたちは曜日を「ようび」と読んでいますが、かつては「ようにち」と読むこともありました。日本において曜日を制定するのは明治九年のことですが、いつから「ようび」と読むようになったのでしょうか。この疑問に応えてくれる研究が、以下です。
松村明「明治初年における曜日の呼称」『近代語研究 第十集』507-529頁
松村明は『大辞林』をまとめた、著名な国語学者ですね。 さて、件の論文を読んでみましょう。
松村はまず、洋学資料に掲載されている曜日の呼称を調査し、どのように読まれているのか把握しようとします。 曜日という言い方そのものはいつが初出なのかについて、松村は断定を避けていますが、桂川中良『蛮語箋』(寛政十年)が古いものではないかとしています。しかし、これには振り仮名がなく、読み方がわかりません。 それで、松村は続けて調査を重ね、石橋政方『英語箋』(萬延二年)を調査し、これには日曜なら「ニチヤウ」と読むことを指摘します。この本は明治五年に改訂版が出るのですが、「日曜日」を「ニチヨウニチ」としています(この改訂版には下河部行輝『卜部氏の明治5年版の『改正増補英語箋』の改訂版について』があるもよう)。しかし、逆のことも判明します。それは、『和英語林集成』の再販が明治五年にでているのですが、これには「ニチヨウビ」と出ていることも言及されます。松村はこのように「ようび」「ようにち」がどのように出るのか資料分析を進め、いくつかのパターンにわけたのち、「ようび」という言い方が明治五年以降に増加することを見出します。
こうして、明治の十年代後半になると、「曜日」を「ようび」と読むことが一般的になるといいます。そして、明治二十年代になると「ようにち」という振り仮名が消え、すっかり「ようび」と読むようになると結論づけているのです。
話はかわりますが、この『近代語研究』はおもしろい論文がいくつもありますね。中世から現代、フィールドを異にする国語学者が集まって研究会をやっていたようです。

9月からのシャルダン展の目玉がまさにこの『かごに盛った野苺』(1761年,個人蔵)。 サイトをみたときに、す考えるところ、このシャルダンの静物画は古典主義の最後に位置するものだというが、その例としてとりあげるのがこの絵。ジョナサン・クレーリー『観察者の系譜』ではこう記述される(原書62-63, 訳書98-99)。 Continue Reading →
ジョナサン・クレーリー『観察者の系譜』の5章「視覚的=幻視的抽象化」に出てくる、ターナーの2枚の絵。これは太陽の観察とからめて出てくる。クレーリーによれば、ターナーと太陽の関係はよく知られているというのだが、実は、わたしはこの本でそういうことを知った。
この本で取りあげられる2枚の絵は図版として同書に収録されているのだが、モノクロで分かりにくい。なので、テートよりカラーをみてみたほうがいいと思う。
Artist:Joseph Mallord William Turner (1775‑1851)
Title:Light and Colour (Goethe’s Theory) – the Morning after the Deluge – Moses Writing the Book of Genesis
Date:exhibited 1843
Medium:Oil on canvas
Dimensionssupport: 787 x 787 mm
Collection:Tate
Acquisition:Accepted by the nation as part of the Turner Bequest 1856
Reference:N00532
Artist:Joseph Mallord William Turner (1775‑1851)
Title:The Angel Standing in the Sun
Date:exhibited 1846
Medium:Oil on canvas
Dimensionssupport: 787 x 787 mm frame: 942 x 942 x 73 mm
Collection:Tate
Acquisition:Accepted by the nation as part of the Turner Bequest 1856
Reference:N00550

今更、といわれるかもしれないけれど、田中一松先生の「雪村自賛自画像の一考察」『國華』71、28頁を改めてチェックした。
雪村自画像は、大和文華館にあって、2、3回ぐらい見たことがある。現存するなかでは日本最初の自画像ではないかという話もきいたことがある。その経緯は田中先生によれば、「美術研究」(198号、昭和33年)にて紹介したのを矢代幸雄が読み、収蔵したという。
それで、これはかつて「月下僧像」とされていたが、上記の田中論文によって今の名前になった。田中先生によるこの自画像の記述も簡潔にして要を得ているので、ここでも箇条書きに記述しておいて参考にしておきたい(國華だから、旧字使いになっているけれどもここでは直しておきます)。 Continue Reading →

ハンガリー生まれの写真家、アンドレ・ケルテス(André Kertész, 1894–1985)の「夜の摩天楼;二重露出」”Skyscraper at Night; Double Exposure”というもの。わたしがとりわけ好きな写真家のひとりだが、この写真をみていると思い出すものがある。それは、バスや電車に乗っているときのこと。
バスと電車の両脇にはガラスがあって、街並がみられるようになっている。とくに視線を運転席の方向に向けたときには、両脇のガラスが同時に視界に入ってくるだろう?
そんなとき、その景色は光の具合によってときどき、すぐ向こうに見える風景だけではなく、反対側にいる乗客の表情や衣服、そして外にある家や樹木、空のいろがガラスに映り込むことがある。乗り物だから、動けばガラスに映るものも動くわけで、光が瞬いている。いわば、バスや電車はガラスの乗り物の一歩手前にあるようなものなのかもしれない。
そんなとき、わたしはいつもケルテスのこの写真を思い出している。でも、これはガラスが映り込むんじゃなくて、タイトルにDouble Exposureとあるように、二回、露出してあるんだよね。つまり、スカイスクレーパーを二回、レンズを通してフィルムにイメージを封じている・・・。重なった建築はお互いが透過しているかのようで、どちらがどちらでもない。あのバスの風景のように。
クリスタル・パレス、ミース・ファン・デル・ローエといったガラスとともに在った近代建築史の大切な話をとおりぬけると、この写真に行き着くような気がしている。20世紀の都市はガラスに囲まれていて、そう、このスカイスクレーパーのように、ガラスに映り込んでいる亡霊を感じながら生きていたのではないかとも思う。
2012年 7月 22日(日) 23時54分57秒
壬辰の年(閏年) 文月 二十二日 甲申の日
子の刻 二つ

ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(1399/1400 – 1464)による、「若い女性の肖像」(1430頃, Gemäldegalerie, Berlin)というもの。どちらも同じ絵だけれども違うものにみえる。具体的には左のほうが白みを帯びていて、右は経年変化のような黄ばみがみえるようにもみえる。撮影条件、パソコン上の処理、修復の有無によってこうも違うものになってしまっているのだろう。でも、「どちらが正しいの?」ではなくて、この違いそのものをみることがとても大切で、たとえば資料をみるときやごはんを食べるときでさえ、そういうことがあると思う。
例えば、わたしはよく行くカフェがあって、それは1人でしか行かないようにしているれど、すごくおいしいケーキがあるんですよね。それをカプチーノと一緒に頼むのがささやかな楽しみになっている。ところが、ある日それは普段と違った。生地がほんのすこし湿っぽかったのだ。それで帰り際に「今日のケーキ、生地がいつものと違ってパリパリしていなかったね。」とスタッフのお姉さんに伝えたら「そうなんですか?!厨房に伝えておきます!」と返してくれた。
資料だって、デジタルでみるものと実際にパラパラとめくるものは違う。とくに、明治の印刷物はザラザラした紙に活版印刷による凹凸が混じっていて、文字そのものがそこにあることがわかるように・・・。
きりがないけれども、同じようにみえるものが違ったものになっている。モナリザだって毎日「同じはず」だなんてない。絵もまた何かの条件でこんなに色合いが違ってしまっている。
わたしはあいにく、これを見た事がないのでどう見えるのかはわからないけれど、しかし目の前にあるものが絶対だと信じないことだな。じゃあ、何を信じたらいいのと聞かれたらこう答えようではないか。変わり続けることを信じろ、と。なあに、怖くないよ。
2012年 7月 21日(土) 21時54分48秒
壬辰の年(閏年) 文月 二十一日 癸未の日
亥の刻 二つ

ジョシュア・レイノルズの自画像がgoogleで細かくみられるようになっていた。もとはといえば、tateのコレクション。
これはまだ見たことないですね。手を耳にあてているという身ぶり、よく聞こえないのか、あるいは耳を澄まそうとしているのか。しかしおもしろいのは、わたしが同じ身ぶりをすると、自分が滑稽にみえるような気もする。

松本竣介展をみたあと、スタッフのNさんと少し話をして、そのまま海に出た。
繰り返される波が、わたしに何かを訴えかけてくるように感じられるのはわたしの錯覚にすぎないが、しかし、すれ違うことのなかった、耳の不自由な身体がこの葉山の海で出会うということについて、不思議な感慨があった。
松本竣介の兄、彬が「弟は若し耳が不自由でなかつたら畫業につきはしなかつたかも知れません。(・・・)聴力を失つた為に其の総てを畫業一つに籠めるやうになつたのは何か運命が大きな示唆を與へてゐるやうに思ひます」と書いている(カタログ、258頁)。
まわりの人が、松本竣介のその聞こえない身体の先に運命を信じていたのか。それはたいへん心強いことばに感じられた。わたしもその聾というおのれに課された身体の先にあるものはなにか、それは目の前にある仕事を淡々と続けてゆくことのみで見えることだろう。
MoMAより引用。というか、“Mapping Subjectivity: Experimentation in Arab Cinema from the 1960s to Now, Part I”なんておもしろそうなことをしていたのね、MoMAって。
Domestic Tourism II
2009. Egypt. Directed by Maha Maamoun. Exclusively utilizing footage from other Egyptian films that use the pyramids as backdrop, Domestic Tourism II explores the ways in which these iconic historical monuments can be reappropriated from the “timelessness” of the tourist postcard and reinscribed into the complex political, social, and historical moment in urban narratives. In Arabic; English subtitles. 62 min.

ルーヴルで見て以来、惚れた絵の一枚。Sassetta(サセッタ)による、福者ラニエリがフィレンツェの牢獄から貧者を解放しているシーンを描いたもの。サセッタについてはバーナード・ベレンソンなどいくつかの研究書が出ているし、“Sassetta: The Borgo San Sepolcro Altarpiece (Villa I Tatti) “というのが最近出ているけど、まだ持っていない。以下、ルーヴルからの情報をそのまま貼付けておく。
Le bienheureux Ranieri délivre les pauvres d’une prison de Florence
Entre 1437 et 1444 H. : 0,43 m. ; L. : 0,63 m.
Elément de la prédelle postérieure du polyptyque de Borgo Sansepolcro.
Le bienheureux Ranieri vient délivrer quatre-vingt-dix pauvres gens, retenus dans une prison de Florence, qui lui avaient écrit pour lui demander de l’aide.
表象文化論学会の第7回大会のパネル2「結晶化する物質──切り貼りにおける時間と固有性」のように、学会の大会では1つのパネルを組んで、司会を1人(コメンテーターを兼ねることは可)、3人が発表する構成にすることが定められている。それでパネル2を構成したわたしは、以下のようにダイアグラムを小松さんと田口さんとつくりあげた。ここではそれを記録しておきたい。
まず、パネル2が採用されたときに三人で顔合わせをしたいところだったが、わたしが関東、おふたりが関西にいるためにSkypeでそれぞれの研究構想をみっちりと話し合っていた。そのとき、わたしがSkypeで二人の話を咀嚼しながらメモしていたのが下のものになった。
これがもっとも初期のスケッチ。

表象文化論学会第7回大会 パネル2のポスターをつくりました。ボッティチェッリの絵を背景に据えています。手にもつメダルは古画の嵌入(inset)で、切り貼りのひとつとして。
以下よりダウンロードすることができます。
どうぞよろしくお願いいたします!
PDF版:http://tmtkknst.com/works/poster_repre7_panel2.pdf
JPG版:http://tmtkknst.com/works/poster_repre7_panel2.jpg

アレグザンダー・マックィーンがボッシュを基調にしたドレスを。肝臓のところにある魚は聖アントニウスの誘惑からとったもの、とすぐわかるけれども、コラージュ的に組み合わせて作ってある。いいなあーーーー。こういうの大好きですが、わたしは男性だからなあ。
え?彼女に着せたらいいんじゃないかって。そりゃあまあ、そうですがね。
関係ないけど、この絵を所蔵している、Museu Nacional de Arte Antigaはあんまり細かな画像をみせていないんだね。
表象文化論学会の大会が近づいてきましたので、パネル2の概要をお伝えします。
どうぞよろしくお願いいたします。
タイトル:「結晶化する物質 ― 切り貼りにおける時間と固有性」
日時:7月8日(日)東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム
10:00-12:00
司会/コメンテーター:大橋完太郎(神戸女学院大学)
パネル組織者:木下知威
発表者:木下知威、小松浩之、田口かおり Continue Reading →

「アビ・ヴァールブルクの宇宙」で は、何か特別な仕掛けがあると予告されていたけれどもそれは、ほぼ原寸大(原寸より少し小さい)のパネル構築だった。全てのパネルではないが。写真を拡大しているだけだが迫力がある。ただ、左端のパネル45だけ、図版をとり、グリップもできるだけ同じものを使い、カラーであることを試みている。しかし、カラーになるとヴァールブルクが強調したい身ぶりについて見えにくくなるという解説が田中先生によってされていた(裏返していえば、モノクロにすることは大きな意味があるということ)。
下はパネル45の拡大写真。より記憶が鮮明になった気持ち。

ユーロ2012のイタリアvsイングランド。
PKになって、イタリアのピルロが蹴るシーン。ピルロは「違った形でキックしようと思っていたんだけど、GKが先に動くのが見えたから(チップキックで蹴った)。ひらめきだよ。」と語っていたそうで、先に動くのがみえたという。それで映像をみてみると、左足で踏み込む途中でボールを確認し、右足をゆっくり動かしながら、キーパーの様子をみるかのように顔をあげているんだな・・・。前傾していた身体がゆっくり起きるごとに頭もゴールに向けられるようになる。
わたしはサッカー選手ではないのでどういう時点で蹴り方を変えるとかは分からないけれども、キーパーに注意しつつ蹴るということがどんなにか難しいか、わたしたちの生活にも通じることのように思える。何々をしながら他のことに集中することは簡単ではないからだ。 Continue Reading →

keyword:ヴィルヘルム・ハンマースホイ/Hammershøi and Europe/西洋美術館/重力感
2012年 6月 25日(月) 23時58分04秒
壬辰の年(閏年) 水無月 二十五日 丁巳の日
子の刻 二つ