左手のトレース

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2012年 9月 04日(火) 23時53分55秒
壬辰の年(閏年) 長月 四日 戊辰の日
子の刻 二つ
「国立トレチャコフ美術館所蔵 レーピン展」を鑑賞した。ここ最近は一人で展覧会をみてばかりだったのだが、イリヤ・レーピン(1844-1930)を見たいという人がいらっしゃったので、合間をぬって一緒にみる。その方も美術史がご専門なのでいろいろとご教示頂きながら。相手は手話ができないので、筆談でやりとりをしたけれども絵の前で筆談をするのはやっぱり良い。
手話にかぎらず、言葉を交わしたいという気持ちがあらゆる言語の基盤だと考えたい。
さて、トレチャコフ美術館のレーピンに関する紹介はこちらを。
レーピンの簡単な年譜はここを。
学芸員による解説はこちらをどうぞ。
さて、レーピン展のレビューをしておきたい。
この展覧会は、5つのパートに分かれていて、以下のようになっている。
Ⅰ 美術アカデミーと《ヴォルガの船曳き》
Ⅱ パリ留学:西欧美術との出会い
Ⅲ 故郷チュグーエフとモスクワ
Ⅳ 「移動派」の旗手として:サンクト・ペテルブルク
Ⅴ 次世代の導き手として:美術アカデミーのレーピン
年代順にはなっておらず、レーピンをテーマ別に再構成したような内容になっている。この手法が主流だとおもうけれど。
出品されているのはすべてトレチャコフ美術館蔵のレーピンの絵画で、関連する他の画家は1枚も出品されていない。レーピンの回顧展といっても差し支えないが、トレチャコフ美術館にあるもので占められていて、他の美術館の代表作は来ていないので大々的というわけでもない。それでも、これからレーピンをみたいなとも思うし、ロシア旅行したときにいい座標になる。それよりも何より19世紀のロシアについて考えるときにとてもよい企画だ。
展示室はワインレッドを貴重に構成されたインテリア。目録もワインレッドにみえる。
さて、展示室に入るとレーピンの自画像が出迎えてくれる。

表象文化論でご活躍されている、小澤京子さんがフラゴナールを模したスカートの元ネタは何だろうとツイートしていた。こんなスカートだ。

それはわたしがかつて、ニューヨークのフリック・コレクションにある、「フラゴナール・ルーム」でみた「愛の進展:出会い」のことだ。
スカートに引用するとどうなのかなあと思いながらみていたけど、悪くないんじゃなかろうか(悪趣味?)。確かに、フラゴナールはゴスロリやロリータと相性がよい画家だと思う。フランソワ・ブーシェは女体が輝いているような雰囲気があるけれど、フラゴナールはいくぶんが現実を見つめようとしているように感じられた。
いま、Bunkamuraで開催されている、「国立トレチャコフ美術館所蔵 レーピン展」。わたしはこの画家についての予備知識がほとんどなく、背景がよくわからないので、まず大月源二『レーピン』(人民文庫 青木書店 1953年)を読みました。
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なお、これはネットで全文公開されています。このうち、レーピンが生きたロシアについて書かれた「時代と環境」のところを読みました。この本は以下の3章で構成されています。
戦闘的なブルジョア美術
移動派 ― 人民の中へ
反動の時代
著者の大月源二本人も日本プロレタリア芸術家連盟に加わり、北海道で活躍した画家であり、その傍らでレーピンについて資料を収集し、この本を書いたらしい。あとがきにこう書かれています。
「かつて日本のプロレタリア美術運動はレーピンや、スーリコフなど、ロシヤ移動派絵画の貴重な遺産には殆ど関心を払わずに過ぎてしまった。運動が壊滅した後の長い反動と戦争の間に、私はレーピンを発見し、その現実主義の力に打たれ、資料を集め、貧しいロシヤ語の力に鞭打って研究を続け、戦後もその努力を続けた。」
大月は仕事を通じてレーピンを知り、もっと知りたいと思ったわけです。 Continue Reading →

クリムトの「公園」 画面のほとんどを葉が占めている。こぼれ日は見えないかもしれない。木のようでありながら、枝がほとんど見えず、葉はどの木に属しているのかもわからない。ひどく困惑するような絵だ・・・。
The Park, Gustav Klimt (Austrian, 1862–1918)
1910 or earlier. Oil on canvas, 43 1/2 x 43 1/2″ (110.4 x 110.4 cm). Gertrud A. Mellon Fund
http://www.moma.org/collection/browse_results.php?object_id=78411
「奈良美智:君や僕にちょっと似ている」と「ペリーの顔・貌(かお)・カオ -「黒船」の使者の虚像と実像-」が同じ横浜であっているというのは奇遇なことかもしれない。
だって、奈良は顔を描くほうで、ペリーは顔を描かれる側という能動/受動の関係にあるよね、単純に考えて。
展覧会のメッセージで奈良はこう言っている。
「もはや好むと好まざるにかかわらず、自分が作るものは、僕自身の自画像ではなく、鑑賞者本人や誰かの子どもや友達だと感じるオーディエンスのものであり、欲を言えば美術の歴史の中に残っていくものになっていくと思っている。自分の肉体が滅んでも、人類が存在する限りは残っていくものということだ。」
それで、ペリー展ではこんな説明がつけられている。
「ペリーの肖像画は、幕末期に来日した他の外国人とは比較にならないほど多く、また様々な顔貌のものが描かれ今日まで遺っています。」 Continue Reading →
ニコラス・ローグ『赤い影』をみた。ふつうにTSUTAYAでレンタルできる。
以下、ネタバレにならないよう、注意して書きます。
この映画の原題は”Don’t Look Now”だが、邦題『赤い影』としているのは目をひくためなのだろう。確かにワンポイントの赤がテーマで、わけがわからないまま最後まで見てしまう。ラストシーンになって、ああこういうことだったのかと理解するけれども、理解できたときはもう遅い。そんな、もはや取り戻せない感覚があとに残る映画だったように思う。
主人公のジョン・バクスター(ドナルド・サザーランド)が修道院修復の仕事をしているという設定でヴェネツィアに妻ローラ(ジュリー・クリスティ)とやってくるという設定になっていた。
たしかに、ヴェネツィアのシンボルがちらちらと見える。たとえばこの左にみえるのは、いわずとしれたドゥカーレ宮殿だよね。

建築史の授業で初めて知った建築と映画で再会すると、また新しい発想ができるのも映画をみる楽しみだと思う。記憶術としてイメージがより強化される。
話はかわるが、調べてみると、この映画、セックスシーンが有名らしい。 Continue Reading →
ヴェネツィアに行くまえにぜひとも見ておきたいと思っていた映画があって、それがニコラス・ローグの『赤い影』という映画。IMDbはこちら。これを借りてきたので作業のあいまにみることにした。
ドナルド・サザーランドが主演なんだね、彼が演じる主人公は修道院修復専門の仕事をしていて、妻とともにヴェネツィアを訪問するという内容らしい。ヴェネツィアの街並がどう映るのかみておきたい。

アンドレイ・タルコフスキー「鏡」をみていると、1コマ、1コマが光とともにやってきて、過ぎ去って行く・・・。その1コマは去っていくと、わたしのなかに押しとどめていることが難しい。あっさりと押し流していってしまう。
パンフレットなどによると、この映画はタルコフスキーの自伝的作品とされていて、作者の父母がモデルとなる男女とその子供、その子供が成長して妻ナタリアと別れる。祖母も出て来て、3世代の作品になっている。ストーリーは一貫しておらず、ひとつのシーンがひとつの記憶のようになっていて、その記憶が記憶を召喚し、あるいは別の記憶を生産するようなそんな映像だった。その理由として、母マリアと本人の妻ナタリアが同一の女優、マルガリータ・テレホワが演じている点にあると思う。つまり、どの世代なのかわからないという曖昧さが強調されているのではないだろうか。
冒頭で、草原の向こうからやってくる医師の男性をみている母マリア。医師はナンパする気があるのか、マリアに語りかけてきて、しまいにはタバコをもらって母が腰掛けている木の柵に座ろうとするが、ポッキリと折れてしまう・・・。当然ながらふたりは地面に倒れる。
そりゃあ、あんな細い木だから二人が腰掛けたら折れるのも無理もないけれども、この折れた木について、あとあと考えて見ると面白いのであとで述べる。

いつのことだろうか。
わたしが「京都盲唖院」を知らなかった頃。京都府立盲学校も知らず、あの岡本稲丸先生のことも知らかったし、岡田温司先生など美術史/美学において著名な先生方のことも何も知らなかった(田中純先生のことを知るのはわりと早い時期なのだけれど、表象文化論に入るのはもっとあとのことだった)。ただ、建築のことしか勉強していないという状況、わたしはピンボールが大好きだった。今も変わらない。
写真を整理していたら、オモロン新小岩の写真が出て来た。
ここぞ、今は無きピンボールのメッカだ。わたしはここに通い、ひたすらピンボールを打っていたのだった。
フラストレーションがたまっていたのだろう。わたしが歩むべき道はどこにあるのかわからないまま、「この玉よ、どこにゆくのか、わたしをどこに誘ってくれるのか?」と思いながら打っていたあの頃。もう何年前のことだろう。
ずいぶん遠いところまで来たような気持ちがする。
・・・しかし、いまもまたわたしは何も知らないでいる。
ときどき、ピンボールを打ちにいくのは、たぶん、あのときの何もわからない、何もしらない自分に立ち返ることで、自分がやるべきことを見極めるためなのかもしれない。これはオレのやりたいことなのか?これでいいんだな?と思いながら。
ピンボールを打つことは動物になることに近いことだろうと感じている。
2012年 8月 16日(木) 01時01分16秒
壬辰の年(閏年) 葉月 十六日 己酉の日
丑の刻 一つ
ジュースキント『香水』の原作と映画について池上英洋先生( @hidehiroikegami )とTwitterで話していたら、金沢百枝先生( @momokanazawa )からのリクエストで、建築に注目した映画の本は何があるのかというのがあった。少し長いので、Twitterではなくてここにまとめておきたい。それにしても池上先生はかなり映画が好きのようで、これはきっと素敵な仕事ができるんじゃないかと思う。
さて、美術/建築に注目した映画の本だけれども、まず一冊だけおすすめするなら?という条件であれば、わたしはこの本にしたい。 Continue Reading →
犬島に行ったときに出会った白と黒のまだら模様の猫。野良猫ではなく、飼い猫だと思う。この猫については旧サイトで犬島の製錬所について書いたときにあわせて動画を公開したことがあった。
「にゃあ」と声をかけたら振り返ってくれたけど、「なんだ・・・」という顔をされてそのままスタスタと歩き去る。そうされるとついかまってしまうわたしはあまりいい性格ではないのかもしれない。
連写モードで撮影していて、それをスライドショーにすれば動いているようにみえるのだけど、どうしてそう見えるのか、それを仮現運動というのだが、解説しているところの紹介を高橋啓次郎さんのサイトでしている。わたしの好きなサイトのひとつ。
わたしが住んでいる家の向かいには猫がいたのだけど、最近見かけない。どうしたのだろう。室内で飼われているのだろうか。それともどこかに移ってしまっただろうか。
2012年 8月 06日(月) 22時02分30秒
壬辰の年(閏年) 葉月 六日 己亥の日
亥の刻 三つ
Twitter上で話題になっていたし、予告編が良かったので日本語字幕付き上映を待ってすぐ見に行った。
劇場は横浜ブルク13。下のフロアが紀伊国屋書店なので長居してしまいそうなスペース。スクリーンは11、席はIの11番。11番がちょうどスクリーンの中心。高さもちょうどよい感じでベストの席だったと思う。さて、この映画について感想を書いておきたい。
ネタバレ含みます。 Continue Reading →
手話に限らない話だけれども、言語を学ぶには細く長く、息を続けるようにやらないと体にぴったりくっつかないものだ。そのなかでどうやってモチベーションを保つかというのがあると思う。
わたしの場合、読みたい本や論文があって、それがフランス語や英語だったので読みたいという気持ちでトライするのだけれども、しかし、そうでない場合はどうなのだろう。 Continue Reading →
今年、絵金が生まれて200年目ということをニュースで知った。絵金といえば、高知の赤岡町に絵金蔵という、絵金のコレクションでは日本一の美術館がある。それで赤岡には毎年7月に絵金祭というのが開催されていて、いつか訪問したいと前から思っていて、去年訪問を果たしている。
そのときの写真なんだけど、18時から21時前までこの祭りにいたことを覚えている。18時前はまだ明るくて、お祭りもまだこれからって感じになっている。しかお祭りがはじまって絵金の屏風が出てくると一気に賑やかになってくるのが感じられるのがとても面白かった。絵金がもっている、あの不条理で、血にまみれた世界が屏風の向こうにあってそれらを見世物のように見ているのがなんとも、絵のなかと外を曖昧にしているような感触があった。絵について語り合ったり。町の人が絵について説明しているのもおもしろい。
ふっと思うのは、絵画ってほんとうはこういうものだったと思う。本来は美術館に入っていて、ガラスに包まれてきれいに保護されているけれども、ここで出されているのは学芸員ではない、赤岡のひとたちの手によって守られているものなのだよね。ダイレクトに絵そのものがわたしの目の前にある。
それにしても暗くなるにつれて、蝋燭に灯された絵金の屏風がいよいよ怪しさを増してくるのには驚いた。ゆらゆら揺れるのは怖いし、ホラーと言えばホラーといえるのだけど、それ以上に目をひいたのは屏風という、美術館でみることが多くなってしまったひとつの記号が外にとび出しているだけで、独り立ちしていたように見えたことである。美術の制度からほんの少し、離れているかのようだ。
2012年 8月 03日(金) 22時53分51秒
壬辰の年(閏年) 葉月 三日 丙申の日
亥の刻 四つ
ダリの絵のようなペリエのCM。これは少し前のなんだけど、まさにこんな季節にはペリエが一番似合う。そう思いつつ、風呂上がりに飲むペリエのために生きているような最近。

医学書院の雑誌、『訪問看護と介護』2012年8月号に、わたしのインタビューが掲載されました。寒い冬で、時期的にたいへん辛いときだったことをよく覚えています。よくこなせたものだなあ。1頁目は以下のようになっています。 Continue Reading →