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「リアル」と「現実」の違い

御徒町の3331にて。ここは、天内大樹さんと訪問したことがある。天内さんと話していると、自分が思っていないことまで話してしまうのだから、ある意味危ないのかもしれない。

それはともかく、ここを訪問したのは、大友克洋GENGA展をみるためだった。かの『AKIRA』はワイヤーが張られた段のガラスケースに原画を載せていて、原画が浮いているかのような構成。
原画はほとんどA4で、見開きはA3横で描かれている。アキラは夢中になって読んだ漫画で、子供のころだったんだよね。クスッと笑ってしまうようなシーンもあるけれど、人が撃たれて死ぬシーンなんか、不条理というものを実感した強い思い出がある。

その原画をみたとき、はじめてアキラを見たという気持ちになった。漫画で読んで内容を知っていたことがふきとんだ感覚。ひとこま、ひとこま、世界がそこにある。絵画をみるとき、たとえばレオナルドのモナリザはたくさんの美術本に載っているけれども、実物をみると・・・というじゃない。でも、そういうオリジナリティがもつアウラともまた違うものだった。

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フィリッポ・リッピの天使

ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。一目してギョッとした。これはわたしが今行っている研究において重要だという直感。

 

 

火星人を倒せ

アタック・フロム・マーズという、とても好きな台。最近は置いているお店が遠くなってプレイできていないけれど、火星人が現れたときにバイブが動いて振動がくるところがいい。

マレーと血みどろのトランク

わたしはブリュッセルで一枚の絵をみた。ダヴィッドの「マレーの暗殺」(”Marat assassiné”1793 , 165 x 128 cm , ベルギー王立美術館)という絵。美術史では有名な絵で、見たいとおもっていたものだ。

マレーが入浴中に暗殺されたシーンであるけれども、湯船にある暗い血の色をなぜかよく覚えていて。

そう、こんな色だった。それで、来年6月の第55回ヴェネツィア・ビエンナーレの作家に選出された、田中功起さん。わたしが田中さんを知ったきっかけは、「六本木クロッシング」(2004、森美術館)に出ていた「トランクと血と光」という作品だった。これが強烈だったんだよね。

これは確か、部屋の隅っこにプロジェクションされていて、入口に「気分が悪くなる恐れがありますので、ご注意ください」のような注意書きの看板がかけられていたのを覚えている。

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セーヌ河のほとりで帽子をかぶる人

ジョルジュ・スーラ《アニエールの水浴》(”Bathers at Asnières” 1884, ナショナルギャラリー, ロンドン)
セーヌ河で水浴をする人たちと河畔にくつろぐ人たち、そのなかでひとりだけ雰囲気が違う人がいる。男の人だろうか?それとも肌や指の形からして女の人なのだろうか?でも、男の人だろうか。この人は何を考えているのだろう・・・。

帽子をかぶる人。

わたしにはその人の表情がよくみえない・・・。口元が奥にある花と草と混じりかけていて表情すら曖昧だ。

source: http://www.nationalgallery.org.uk/content/conobject/313

合体する太陽と雨

東京の御徒町周辺にて。幾分か水滴の大きい雨がパラパラと降るなか、太陽が照っている。晴れているのに雨が降っている、雨が降っているのに晴れているというどちらでもない天気。天気予報では、雨のち晴、雨ときどき晴とか表現しているけれどもそのどちらでもない、境界などでもない、晴雨という表現のような一瞬。

光のなかにいる鳩

1629年、バルトロミュース・W・ドレンドによる銅版より。マリアの頭上に現れる、光に包まれた鳩。太陽に包まれたかのようなデザインがされる。

こうしてみると、光源に近いニードルの動きは一定したラインが外にむけて動いている。そして、外になるにつれて、乱れはじめ、空白が生まれる。それはウニのトゲのようだよね。その周囲には網型の身ぶりを伴ったニードルの動きがあってメリハリがある。

source: http://www.rijksmuseum.nl/collectie/RP-P-OB-67.618/uitstorting-van-de-heilige-geest

日々はチョコレートのように

チョコレートを食べていて、ふっと思ったんだよね。板チョコなんだけれど、それは固体でパッケージされているじゃないですか。
食べようと思えば、板を手でパキンと割って、口にすると口内の温度や歯の圧力、湿度でドロリと固体が崩壊して、舌にチョコのほんのりとビターな味がしてくるんだよね。そして、粘度のある液体になって、わたしのなかに取り込まれていく。
そりゃあ、当たり前なんだけど、でもこのLL(ライブラリー・ラビリンス)を作ろうと思ったとき、このチョコレートみたいにしたいなと思ったんだ。

そう、板チョコという物質が少しずつわたしに取り込まれる感覚は、たぶんにわたしが何かをしていく過程に似ているんだと思う。例えば勉強するにしたって、そのまま体内にスッと入るのではなくて、体内に入れるように準備するということ。
そのまま飲み込もうとしたって、できないからね。
ここでは噛み砕いたものを出すということ。リキッドなデザインを選んだというのも根底はそこにあるかもしれない。

齋藤陽道

齋藤陽道くんと葉山で遊んだ時、彼が海を撮影していたのを撮る。いや、盗る、かな?

 

旅立ち

ライブラリー・ラビリンスにようこそ!まずはmessageをどうぞ。

揺れる葉

2011年の夏の日、京都のMの部屋から撮影した揺れる葉。カメラ・オブ・スキュラとの比較のために。

錦正社 『蒙古襲来絵詞と竹崎季長の研究』(佐藤鉄太郎著)

18世紀に加筆されたという説を提唱しているが、説得力があると思う。これはわたしのパソコンに入っていたデータだが、どの新聞記事なのかわからなくなってしまっている・・・。

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This image released Thursday, Jan. 5, 2012, shows a page of an 1878 letter sent to his parents by Alexander Graham Bell. The drawing and accompanying discussion instructs how to ground the telephone Bell had invented. The letter is being auctioned by Amherst, N.H., dealer RRAuction.

池上英洋の第弐研究室:再掲: 広島に生まれて。8月6日

母の友人に、原爆ドームとなった建物に勤めていた人がいました。毎日出勤していて、たまたま8月6日の朝だけ所用で出勤しなかったために生き残ったと言っていました。彼女の同僚はそのほとんどが、文字通り消えてしまったそうです。ある知人の父親には、右耳がありませんでした。その朝、いつものように早めに出勤した彼は、同僚と並んで座っていたそうです。一瞬の閃光であたりは真っ白になり、気がついた瞬間には倒れた壁の間にいたそうです。座っていた場所の後ろに窓があり、そこから差し込んだ熱線で彼の右耳は失われましたが、それ以外は陰になっていたので助かったのです。しかし、隣に座っていた同僚は影も形も残っていなかったそうです。

引用元: 池上英洋の第弐研究室:再掲: 広島に生まれて。8月6日.

原爆によって耳を失うということ。熱線によって消え去る身体が恐ろしい。こんな恐ろしいことは二度とあってはいけない。

迷路といえば「シャイニング」のこのシーンが思い出される。

《対談》 南方学の基礎と展開-テクスト、マンダラ、民俗学-

長谷川  しかも『本屋風情』という名前を皮肉たっぷりにちょうだいするくらいだから、相当親しいわけです。もちろん岡茂雄さんは大変な南方ファンで、柳田さんとは不協和音があったわけです。それは『本屋風情』によく書かれています。結局、中山太郎さんが仲介して、『南方随筆』『続南方随筆』の二編を大正十五年に岡書院でお出しになったわけです。

中沢  それが例の中山太郎の「略伝」の問題とも絡んでくるわけですね。

長谷川  そうそう、「私の知ってゐる南方熊楠氏」。もっとも柳田先生の反応も少し異常なくらいで、大人げないですがね。

引用元: 《対談》 南方学の基礎と展開-テクスト、マンダラ、民俗学-.

書籍のカバー画像

水野千依さんに質問も添えて感想をメールしたところ、とても丁寧に応対してくださった。緻密な思考だけでなく、それを裏付けるかのような熱意と行動力をもった方だと感じている。

絵をよむ言葉 ―美術批評家 坂崎坦・坂崎乙郎のあつめた絵画

早稲田大学会津八一記念館にて。
http://www.waseda.jp/aizu/2012/2012%20exhibition/kikaku2012-sakazaki.htm

●会期:2012年5月21日(月)~7月7日(土)
●開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
●休館日:日曜、祝日
●入場料:無料

鴨居玲の絵があるんだな。

英語字幕あり。

Road to Enlightenment: Kickstarter Alert | nohighscores.com

 

これをやって世界史の勉強をしたいというのは、だめかな?