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2012年

2012年も終わりに。この一年を振り返るなら、『金色夜叉』での一文につきるかもしれない。

「とかつは驚き、かつは憤り、はたと睨(ね)めて動かざる眼(まなこ)には見る見る涙を湛(たた)へて、唯一攫(ひとつかみ)にもせまほしく肉の躍(をど)るを推怺(おしこら)へつつ、窃(ひそか)に歯咬(はがみ)をなしたり。可懐(なつか)しさと可恐(おそろ)しさと可耻(はづか)しさとを取集めたる宮が胸の内は何に喩(たと)へんやうも無く、あはれ、人目だにあらずば抱付(いだきつ)きても思ふままに苛(さいな)まれんをと、心のみは憧(あこが)れながら身を如何(いかに)とも為難(しがた)ければ、せめてこの誠は通ぜよかしと、見る目に思を籠(こ)むるより外はあらず。」

2012年 12月 31日(月) 23時59分24秒
壬辰の年(閏年) 師走 三十一日 丙寅の日
子の刻 二つ

小さな椅子と文字をなぞること

大掃除を手伝う。

ふと、わたしが子供のときに使っていた椅子があった。かつてはわたしが食べるときに使っていた椅子だけれど、いまは洗濯物を受ける椅子になってしまっている。一種のアフォーダンスといおうか。

座ってみるととても小さい。お尻が納まるかどうかという感じ。もちろんわたしの身体が大きくなったからだけれども、逆にいえば、あのときの小さかったころの自分の身体を想起する。逆行する時間。

夕食のとき、母からおもしろい話をきいた。医学書院から出たインタビューについての話題になったのだけど、そのときに母が言っていたのは、マンホールの話。

わたしが3歳のころ、母に連れられて道を歩いていると、マンホールの蓋が道路にはまっていて、そこには「ガス」と書いてあった。それをみたわたしは、指で「ガス」とずっとなぞっていたという。他にも看板をみかけるとその文字をなぞろうとしたという。いまもなぞるように文字をよみ、なぞることで書き続けているのだから変わらないのだろう。

あの椅子に座っていた小さな身体と現在の身体のあいだで有変と不変のところが明瞭にみえた瞬間だった。

2012年 12月 30日(日) 23時29分27秒
壬辰の年(閏年) 師走 三十日 乙丑の日
子の刻 一つ

古本への処女航海

わたしが初めて行った古本屋「檸檬」。はじめて行ったのは小学校の6年生ぐらいではなかっただろうか。商店街のなかにあって、通路の左右に店舗があったのだけど、左は倉庫になったので右側だけ使っている。

主人は亡くなられたが、奥様が頑張っておられて、娘夫婦が別店舗で営業をしている。

品揃えは特段珍しいというわけでもないのだけど、しかし・・・わたしはこの古本屋で品定めをすることで、本との付き合いがより深くなっていったのだった。

帰省するたびに顔を出して、奥様と軽く会話をする。奥様がわたしを述懐するとき、こう仰られた。

「子供のときのあなたねえ、とてもつまらなそうな顔でじっと本棚をみつめているものだから、どうしたのかな、大丈夫かなといつも思っていましたよ。」

思わず苦笑してしまう。そんなにつまらなかったのかなあ・・・じつはこのお店で高橋留美子の『うる星やつら』『めぞん一刻』を知ったし、手塚治虫だってあった。新潮文庫や岩波文庫の多様さを知ったのもこのお店なんだし。それに『うる星やつら』の全巻はここでまとめ買いしたんだよ。

「ええー、そうですかねえ。」

と否定するのだった。いろんな本を通り過ぎた現在、ここに戻ってくるとあのときの、小学生のときの自分に出会えそうな気がしてくる。

2012年 12月 30日(日) 00時04分53秒
壬辰の年(閏年) 師走 三十日 乙丑の日
子の刻 三つ

クリスマスに前の彼女から「ばかぁ」と軽く言われた

20121225

keyword:死/海浜/空/夏/入道雲/父母/彼女/友人

2012年 12月 25日(火) 23時51分07秒
壬辰の年(閏年) 師走 二十五日 庚申の日
子の刻 二つ

なぜ、♥なのか ― ハート型の歴史

クリスマスですね。この日はいつもより少し背筋を伸ばしてあるくと気持ちのよい日です。
ところで、クリスマスというと恋愛がイメージされるようになっていますが、そうはいっても恋愛は常に嬉しいことだけではなく、ときには悲しいことも多くあります。それで、好きだよ、という言葉やメールの最後に「♥」の型をつけることがあります。しかし、どうしてハートが「♥」なのでしょうか。

この話をするにあたり、徳井淑子『涙と眼の文化史―中世ヨーロッパの標章と恋愛思想』が取りあげられる一冊でしょう。

この本のなかで、徳井さんによる心臓の表現「ハート型」の部分をピックアップしながら、ライブラリーラビリンスから皆さんへのクリスマスプレゼントとしたいと思います。
このお話の結論を先にいえば、心臓がハートの形「♥」をとるようになったのは15世紀のタピスリーや写本にみられることであり、それは中世文学における愛の表現と分ちがたい関係であるということです。

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京都市営バス204をめぐる旅

京都での調査が終わった。
京都府立盲学校で毎日朝から夕方までずっと手を動かして・・・。昼休みは何も考えずにいた。調査をひととおり終えたことで気分転換にピンボールしたかったけれど、ちょっとぐったりしているので行かず。

わたしが通っていた京都府立盲学校は千本北大路の交差点近くにあって、わたしは204のバスを利用している。一番の理由は便利だからだけど、前からこのバスのルートが好きで、同時になんともいえないセンチメンタルな気持ちになる。この204のルートは以下のようになっている。map

wikipediaより引用

ごらんのように204は中心にある京都御所をぐるりと囲むようなルートといえばいいだろう。時計回り、反時計回りの両方が存在する。本数も多く、観光向きといえるかもしれない。

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気になるあの子

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フランス国立図書館のfacebookで知ったこの画像。ロスチャイルド家のジェームズ・デ・ロスチャイルドとその妻ベティの娘シャルロットだという。アリ・シェフェール(1795 – 1858)によって1842年に描かれた一枚で現在はプライベート・コレクション。
髪型といい、この子は・・・。 Continue Reading →

明治村訪問記

今日は愛知県犬山市にある明治村へ。

明治村は、建築家・谷口吉郎と名古屋鉄道・土川元夫が1961年にスタートさせた事業で、背景には明治文化を維持することにあるという。1965年にオープンし、現在にいたっている。初代館長が谷口だった。
約100万平方メートルに明治時代の建築を中心を展示しており、とくに、1963年に西郷従道の邸宅を移築したのをはじめとし、近代建築を学ぶものにとっては必ず訪れなければいけないところになっている。日曜日に訪問したが、親子、若者、カップルと多様な雰囲気。混雑している様子はまるでない。ゆっくりみてまわることができる。

どの建築も一見の価値があるけれども、絶対に外せないのは帝国ホテルではないか。フランク・ロイド・ライトによる日本唯一の建築。そういうわけで、明治村は近代に関心のある人なら訪れる価値のあるところだ。そこで、明治村についてメモをしておきたい。

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川村清雄の和魂洋才

目黒区美術館の「もうひとつの川村清雄展」にいく。目黒駅から歩いていくのだけど、春に行くと桜がきれいなんだよね。このあたりは。
川村は江戸東京博物館と目黒区美術館で開催というこれ以上考えられないタイミングで回顧展が開催されていた。この二館で開催されたのはたまたまとは思えない、生年160周年だし、そのためなのだろうか。江戸東京では『形見の直垂』(上の画像)が展示されていた。勝海舟の胸像を見つめようとしている女性が勝との微妙な関係を思わせる作品。

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須田悦弘と椿

追記:日記の椿図屏風というのはこのサイトにある写真がそうだ。

2012年 12月 14日(金) 00時17分01秒
壬辰の年(閏年) 師走 十四日 己酉の日
子の刻 三つ

国への殉教

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海老原喜之助「殉教者」(1951、東京国立近代美術館蔵)

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カルロ・クリヴェッリ「聖ガブリエルの霊視」

カルロ・クリヴェッリ「聖ガブリエルの霊視」(部分)(1489頃、ロンドン・ナショナルギャラリー)

まだみたことはない。この絵の右上にマリアと幼いイエスのふたりを金で包み、光を線で表現するという方法がつかわれている。光の表現は大きく分けて線と点があるよね、点の歴史とからめて考えられるところ。日本でいえば截金だったり。 Continue Reading →

通路にものをおかないということ

京都府立盲学校におじゃまさせていただくことはお伝えしたことがあるけれど、まわりを歩いているとこんな看板がある。なんというか、この看板をみることで、ああ盲学校に来たなという感覚が強くなる。わたしの場合、バイアスなのか、はり、きゅう、マッサージときくとすぐ盲人たちのことを思い出してしまう。

IMG 2749

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エレベーター・リーディング

keyword:デパート/エレベーター/読書

2012年 12月 10日(月) 00時03分06秒
壬辰の年(閏年) 師走 十日 乙巳の日
子の刻 三つ

一橋大学附属図書館での調査について

(写真:銀杏に囲まれる一橋大学。図書館は左側の時計台のある建物。右はあの兼松講堂。)

一橋大学にて資料調査をしてきました。
この図書館の利用方法についてメモしておきます。
わたしは外部者なので、資料を閲覧するときは前もって所属先を通じて連絡をしておく必要がありますが、この手続きはどこも同じなので省きまして、資料閲覧の許可がおりたら、向かうわけですが。

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明治の「ミロのヴィーナス」

あるスクラップブックを調査したとき、ミロのヴィーナスに関する記事が切り貼りされていた。書き込みから日付は明治28年9月25日と思われる。なんの新聞・雑誌かはわからないが、ルビがふられていることから、いわゆる小新聞といわれる類の新聞に掲載されたものだろうと思われる。大きなサイズはこちらをどうぞ。

あいにく、わたしはミロのヴィーナスがどのように研究されたのかは具体的には知らないが、明治に紹介されていてもまったく不思議ではない。でも、ミロのヴィーナスをめぐる手の再現の問題やさらに周辺にある類似作もまとめて11の彫刻が明治時代にすでに比較参照して紹介された記事を目にするとは思わず、面白く読んだ。
“Venus Medeci”はウフィツィかとおもったけど、ウィーンなど各地にもあるのか。まあ、ローマン・コピーだしね。「フオンラーベルグ」とは、フルトヴェングラーのことなんだろうか。あと、盾を持っているヴァージョンははじめて見たな・・・。ヴァティカンの髪をもっているものなど、木版がけっこういい感じだね(このとき、まだ写真の技術はあっても、それを印刷する技術はまだ確立していなかった)
ここで一番おもしろいのは、もっとも知名度の高いはずルーヴルのものが真っ先に紹介されていないことにあるとおもう。最下段の12図がそれになっている。

書誌情報をご存知の方はご一報頂けると幸甚です。

2012年 12月 02日(日) 20時14分51秒
壬辰の年(閏年) 師走 二日 丁酉の日
戌の刻 三つ

講演の案内

立命館大学の生存学研究センターからお呼びいただき、「明治10年代の京都盲唖院の発展と縮小に関する諸様相」という講演をさせていただくことになりました。以下、案内させていただきます。

京都盲唖院にかぎらず、周辺とどうからみあっていたのかということに注視したいなとおもっています。どうぞよろしくお願い致します。

(画像は、『京都府区組分細図』(明治12年)より京都盲唖院が京都中学(現:京都府庁)の右下にあることが示されている地図。ほんとは位置が少し微妙ですが)

以下、本文になります。

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さわひらき Whirl(ぐるぐる)

2012年 11月 23日(金) 23時48分12秒
壬辰の年(閏年) 霜月 二十三日 戊子の日
子の刻 二つ

藤原えりみさんを囲む食事会顛末記

昨日、藤原えりみさんを囲む食事会を企画させていただきました。 会場は市ヶ谷の「あて」。一度行きたいなとおもっていたお店。このお店のレビューについては、こちらなどをどうぞ。料理は3000円のコースに自由に飲む形式をセレクト。料理は少ないかな?と思いきや、そんなことはなかった。前菜からお椀、ごはん、デザートなどいろいろと出てくる。

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「あんぱさんど・おふ!in白金台」顛末記

「あんぱさんど・おふ!in白金台」なるオフ会をやったので、そのメモをしておきたい。

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100回目を迎えて

にっぽんmuseumより配信している、「アートシンクタンク通信」の隔週連載「ホログラフィー・アーキテクチャー」が連載100回目を迎えました。ここまでできたのは、編集を担当してくださっている、天内大樹さんのおかげだと感謝しています。彼との付き合いは、わたしが東大で大乗寺について発表した2007年以来です。この年の11月1日にこの連載のお話をいただきました。そのときはとてもうれしかったですね。
なので、もう5年のことになるのか。そのあいだに、天内さんは素敵な奥様を得られ、博士論文を提出され、いまは東京理科大の坂牛卓先生のところでご活躍されているわけです。わたしは果たして彼のように活躍できているかどうか・・・。頑張ります。

せっかくなので、この連載がどのようにして成り立っているのか、簡単にご紹介します。 Continue Reading →

水野千依様

2012年 11月 15日(木) 00時05分57秒
壬辰の年(閏年) 霜月 十五日 庚辰の日
子の刻 三つ

人の姿をみる

keyword:表象文化論学会/手話通訳/ひと/ぬくもり/

表象文化論学会第7回研究発表集会

11月10日に、表象文化論学会第7回研究発表集会に参加しました。7月は発表者として参加しましたが、今回はオーディエンスとして。

わたしが学会に参加したらば、次の日には忘れていることがあるかもしれず、そうならないようにと記録しておきます。なお、ここにあるものは当然ながら個人の視点であり、学会公式のコメントではありません。 さて、わたしが参加したパネルは以下の2つになります。以下、パネルについて感じたことを記します。
また、ミニシンポジウムにも参加しましたが、これについてはまたの機会にします。  Continue Reading →