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20260219

ある住宅街には、世界のどこにもない奇妙な家が1軒あった。見た目は他の家と何ら変わりはないのだが、ただ違うのは地面から浮いていることだった。地面から10センチぐらい浮かんでいて小さく呼吸するかのように上下しているが、人たちが押しても引いても動かなかった。地面に寝転ぶと浮いている隙間の向こう側の道を行き交う人たちの靴やくるぶしが見えたし、夏には猫たちが日陰を求めて寝転がっていた。その奇妙さにテレビ局や物理学の著名な研究者が調査したり、週刊誌に載ったりもしたが、世間の関心はすぐに他に移ろっていった。周りの人たちはその家を「浮かぶ家」と呼んで、ときどき冷やかしに来る人たちにこれまでのことを話しては聞かせていた。
ある日、その家の前でキャッチボールをしている子供たちの投げたボールが勢いよくその家の下に入り込んだ。顔をのぞかせると土地のまんなかにボールが転がっている。子供たちの短い手はまったく届かず、棒きれでたぐりよせようと家の土台に頬をつけるも届かない。

「全然届かねえじゃん」
「もっと長い棒がねえと」

長い棒を求める声が広がるのが聞こえたのか、浮かぶ家の中から女性が出てくる。

「またなんか入っちゃったのかい?」

子供たちが訴えると、女性は家のなかに引っ込んで物干しのような長い棒を玄関からスルスルと出して、頭にはヘッドライトを点けている。子供たちを分けて、棒を捻ったかと思えば如意棒のように長く伸びていき、先端にははさみのような取っ手がある。それを土台の下に差し込んでいく。子供たちも土台と地面の間に顔をサンドイッチさせていた。ボールが取っ手に握られると、棒を捻って短くしていく。手際のよさからして棒で取り出すことにすっかり慣れているらしい。女性はボールを手渡して言う。

「ほらよ。中に入っちゃなかなか取れんから、公園でキャッチボールしたらどうね」
「そうすっかね」

子供たちは御礼もそこそこに公園に散っていった。

浮かぶ家は今もそこにある。

20260216

昨日書いた、皮を脱がした里芋は味噌汁になった。

冬は朝起きるのが億劫なのに寒さが甘ったるいのか、目覚めたときのあの冬の寒さが薄らいでいて、最近はすんなりと起きられる。天気予報アプリでは平年と変わらないようだが。

のそっと起き出していつものように青森の知人からいただいた富士山の形をした陶製のカップに水を半分くらい飲む。着替えて顔を洗って体を整える。カーテンを開けて今日の天気の予感をたしかめたあと、挽いたコーヒーをドリッパーで平らにして、お湯を少しずつ足していく。ステンレスのカップに入ったそれを手に窓辺に。カーテンの開いた窓からは、なだらかな丘の上に戸建てやアパートがあちこちを向いている。そんな景色が気に入ってこの家に住むことにしたのだった。建物たちの群れに木が押し入ろうと幹をくねらせているさまがみえる。ときどきヘリコプターや鳥が空を行き交うこともある。ダンデムローターが飛んでいることもあるから自衛隊だろう。カラスがゴミ捨て場から引っ張ってきたのだろう、パンを咥えて軽やかに家の屋根をスキップしているのもよく見かける。彼らにとっては、ご飯をいただくセーフティな場所に違いない。そんな窓脇での出来事だ。

コーヒーの少なくなったステンレスのカップを揺らす。琥珀色の波がステンレスのなかをまどろう。葉山の海を歩いたときになんでもない波打ち際の夏が去来する。そこには誰かと歩いたこともあったし、一人で歩いたこともあった。遠いあの時間がさざなみの上にのっている。手を大きく動かしてカップの壁にぶつけるようにコーヒーを燻らせる。なんのために海に行ったのだったか。何かの展覧会を見たついでに海辺を歩いたのだろう。何を話し合ったかも覚えていないが、ただ、その人が海の向こう側を見つめている背中を今もはっきりと覚えている。コーヒーの波打ち際の動きがわたしの記憶を打ちすえていた。

20260215

味噌汁のために里芋の皮をむくとき、ぐるっと包丁で切れ込みを一周。塩をふった鍋にそれを並べ、半身浴になるぐらいのお湯を入れて15分ほど沸かしていく。泡と湯気のあふれる鍋から布巾で取り出して、くるっとスルッとむけるのもあればそうでないのも。灰色の身が泥で黒々とした衣服から剥ぎ取ったときに、誰かを脱がしていくような快感めいたものがあった。

20260214

もう一度、言葉のなかを迷ってみようかと思う。もう一度、いま一度。

米内山明宏さんのこと

先月末、ろう者の米内山明宏さんのご逝去を知った。
ろう演劇でよく知られている人だが、関心の幅が広いかつ多能な方で手話教室・手話講座の開催、ろう者当事者の活動など、プロデューサー的な役割も担っていた。
米内山さんの演劇や講演も何度か行き、面白かったと思うこともあれば、よくわからないなあと首をひねりながら帰ったこともあった。
 
米内山さんから影響を受けたろう者はたくさんいらっしゃるけれども、わたしはどうかというと話す機会がなかった。会場でお見かけする米内山さんはいつもたくさんの人に囲まれていて、お話しをする機会はついに得られなかった。そういえば、シアターカイだと思うが、何かの舞台後に米内山さんにお声がけをしたことがあった。「ありがとうございました」とお声がけするとスッと頭を下げてわたしの横を通り過ぎて行った。それが唯一のやり取りである。
 
でも、米内山さんから全く影響を受けなかったわけではない。
わたしが米内山さんのことを知ったのは、1996年のことだからかなり昔のことになる。
「21世紀のろう者」と題された講演がそれで、米内山さんは1952年のお生まれだから、当時44歳だ。その映像も所有しているのだが、どうやって入手したのかは忘れてしまった。どなたかから頂いたのかもしれない(覚えている方がいらっしゃったら教えて欲しい)。著作権の関係もあるので、今は静止画で紹介する。
この講演はろう者の権利を拡大していくことやろう者の活動を開拓していくことを強く強調されていたのでよく覚えている。つまりは、身体の歴史なのだ。過去から未来へろう者を託していくことの。
そのビデオを久しぶりに見たが、随所に歴史観の語りが入っていて興味深いものがあった。身体障害者の歴史を進めるには当事者の語りを分析することが重要だと考えていたけれども、こうした歴史観を意識するきっかけが米内山さんの講演なんだろう。
当時、インテグレーション(ろう学校ではなく、地域の学校に通学する人)が多くいたが、ろう者としてのアイデンティティの基盤が弱いという課題があったとするなら、米内山さんのろう者の歴史・コミュティを包括した語りは刺激的だったに違いない。
 
ところで、ビデオを再見していると米内山さんがこう語っているところがあった。
 
「21世紀のろう者はどうなっているんだろう?それは君たちの責務だ。わたしは老人になって「おお、いいね」「いいね」と声をかけてまわるのを楽しみにしている。わたしも元気に頑張っているかもしれないけど。」
 
その言葉の通り、米内山さんは最後までお元気に生きられた。
「21世紀のろう者はどうなっているんだろう?」という米内山さんの発したこの手話が、今、ろう者や手話で話される皆さんを巻き込みながら22世紀に向かおうとしているのを感じている。

20220814

香川県丸亀市にある丸亀市猪熊弦一郎現代美術館にて今井俊介の個展「スカートと風景」をみた。
今井のこの10年ほどの画業をまとめてみる機会となるこの展示だけれども、今井の絵画とは何かというと、覆いかくす(conceal)絵画だと思う。

そう考えたのは、昨年、宇佐美圭司のことをまとまって考える機会があったからだろう。この年、東京大学駒場博物館の「宇佐美圭司 よみがえる画家」展が開催され、わたしは以下のことを書いた。
https://tmtkknst.com/LL/blog/2021/07/03/keiji_usami/

要するに、宇佐美の芸術は身体を輪郭線でなぞってマスキングしたパターンを組み合わせることで、身体同士のもつれ合い、やがては身体の消滅が予言されているものだった。宇佐美の絵画に消滅が命題としてあるなら、今井の絵画は覆いかくす(conceal)ものだとわたしは思う。

何が何に覆いかくされているのかといえば、絵画そのものが絵の具によって覆いかくされている。今井の絵画はストライプ、ドット、図形の構成が、旗やカーテンといった「一枚のはためくもの」が重なっているようにみえる。これらの見方を変えると、風景画のようにもみえてくるが、その先にあるものを認識することはできない。
絵画は透視図法のように空間表現の技法が探求される歴史としてあるが、今井の絵画はあたらしいステージを提示している。それは、ストライプやドットといったパターンをかきわけるような感覚を持つと奥行きが現れるという見え方だ。ここまでは誰もが感じることだろう、ここには覆いかくす(conceal)ことが認められるように思われた。
だいじなのは、べったりと塗られていないことだ。薄く、均一に描かれていて、キャンバスの荒い素地としての、かすかな凹凸がある。しかも、キャンバス全てを絵の具で塗らないこともある。そこには、近代以来の紡績の歴史の層がある。そもそも近代日本の経済を支えた産業として紡績があるが、この紡績によって作られるキャンバスが今井の絵画によって、描かれているものが「一枚のはためくもの」にみえた瞬間に再び紡績に立ち返っていくように思われた。そのはためくものは紡績の主要な生産品としてあるからだ。もし、この絵画の中に入ることができ、はためくものを手で払いのけることができたとしても、そこには何もみえまい。なぜなら、絵画そのものが覆いかくされる対象であって、その先には何もないからだ。そのことを考えると、キャンバスの素地が感じられることはとても重要だ。

言い直そう。わたしは高松である人に「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館まで今井さんの展示を見に行くんですよ」と予定を伝えると、「ミモカ(MIMOCA)ね」といわれた。ミモカは同美術館の略語なのだが、その瞬間「ミモカ」と「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」がわたしの中で置き換わっていくのを感じていた。「ミモカ」=「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」ではなく、ミモカが「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」を覆いかくしてしまい、しまいにはミモカそのものになってしまう。今井の絵画と対面するということは、そういう体験に近い。

20220506

5月6日。ゴールデンウィークのあいまの金曜日。5日の日記は書かなかったけれども、両日とも史料のデータを整理したのち、画像を見つめながら検討を進める。一昨日は上野の東京都美術館までとびらプロジェクトのASR(アートスタディルーム)でのワークに参加したのち、用事があったので、そのまま歩いて黒田記念館の常設展で、「春、夏、秋、冬(構図) 」を見た。右から四季の移り変わりを描いて、理想を具現しようという構想だろうか。人物の動きには鉛筆が重ねられていて何かを見定めようと抗っている。その背後には川だろうか、インクでアクセントをつけている。こうした止まった動きというものを胸に秘めながらまた歩いて日暮里近くの朝倉彫塑館を訪れる。8メートルほどだろうか、3階まであるアトリエから書庫をぬけて中庭にある池に面する。池には水が張ってあって、風だったり小さな噴水や鯉の動きだったりで水面がゆらぎをはらんでいる。黒田の鉛筆のあとを池の水面が追いかけているようで、こうした動きの連続がわたしのなかで灯しはじめたようだった。外に出てから歩くたびに風景がうつろうことそのことがとても心地よく思われた。

20220503

5月3日。起床してシャツを着ようとタンスを開けたら、Tシャツが入っていたので、今日の暖かさなら大丈夫かなと袖を通す、が、寒い。窓を開けるとぬるい風ではなく、ひんやりさを秘めた風が入ってきて、地上のどこかに寒さが潜んでいるようだった。Tシャツの上に長袖のパーカーを羽織り。朝の支度をしつつ、昨日余ってしまったコーヒーをレンジで軽く温める。そのあいだにパンを薄く切って、トーストにする。熱くなって出てきたコーヒーを含みながら窓の外をみる、まだ夏は遠いかな、近いかな。朝の支度を終えたら、昨日に続いて懸念のウェブサイトのディテールを細かく検討していった。そのあとは週末の研究会の準備に着手する。収集しておいた文献を再度検討する。休憩時間、少しtwitterをのぞいてみるといろんな人が外でしたいことを謳歌しているようで外に出たくなる。太陽が濃さを醸し出すような夕方になっても日差しはまぶしく、18時になっても西は明るい。この分だと徐々に夏の足音が漂いはじめているといったところだろうか。この季節になるとツバメも見かけるはずだがまだ近所では見ない。

20220502

5月2日。今日もウェブサイトに手を入れており、公開できるレベルになった。ポストを開けると大きな封筒、水道代の通知、ハガキ、タウンニュースが入っていた。ほか、ダイレクトメールもある。
大きなものはゆうメールで古本が来ていたのだった。どうも最近、古本のツキが回ってきているらしく、欲しい本がどんどん安い値段で見つかるので遠慮なく買っている。今日は1冊だけ届いた。ビリビリと破って中身を確認する。けっこうヤケが強いが、わたしは読めることを大事にするので問題ない。少し前から執筆のために探しており、締切が今月なのでなかったら図書館で探そうと思っていたが、幸運にも500円で売っているのを見つけたのだった。机の横に置く。
ハガキは友達からの転居の連絡だった。もう10年以上の付き合いがあり、大学教員をしている、優れた研究者だ。「お元気ですか?」で始まるその字は出会ったときから変わらない。どうやら時間が経って少しずつ歳を取っても字は変わらないらしい。身体と筆跡は時間軸が違うようにと思う。住所をみると見覚えのある集合住宅の名前。建築家のあいだで話題になった集合住宅に似た名前があったのを覚えているので、それかもしれない。
タウンニュースは住んでいる地区の広報で、まちづくりや核施設からのお知らせで、ちゃんと読むようにしている。お知らせのなかにはこんな文章があった。

喫煙・飲酒は20歳から
4月1日から成年年齢が18歳に引き下げられましたが、これまでと変わらず20歳未満の者の喫煙・飲酒は法律で禁止されています

かつての成年年齢である20歳のときは、お酒を飲んでもタバコを吸っても何も言われることはなかったが、ひとつの思い出、節目だった。わたしはこのとき、スーツを着て記念写真を撮影したのだった。今もどこかにあると思う。けれども、今年度からは成人でありながらタバコと酒を禁じられている。それに合わせて「未成年者喫煙禁止法」も「二十歳未満ノ者ノ喫煙ノ禁止ニ関スル法律」になった。成人という人生の明瞭な境目であったものが、グラデーション化されていく生という状況になってしまっている。
ダイレクトメールはデリバリー関係のもの。電話番号がでかでかと書いてあり、アプリで注文もできることも書き添えてあった。目もくれず、ゴミ箱の底に置いた。

20220501

5月1日。5月は雨から始まった。朝はこれから雨になるの?と思うようなのどかな天気だったが、午後から雨が続いている。今日も日曜日を返上して準備しているウェブサイトの作業にかかりっきりだった。データを手作業で移行したり、文章を推敲するという作業を繰り返していた。芸術や詩文における表現で重要な概念であるこの反復は、身体を何かに乗せてドライヴしていく感覚が常にある。
おやつにイチゴ、はちみつ、きな粉、ヨーグルトを混ぜたものを食べる。わたしは「いちごにきな粉ヨーグルト」と呼んでいるが、これが大好きで。イチゴの酸っぱさと甘さ。はちみつのとろりとした濃厚な甘み。きな粉のザラザラした舌触り。ヨーグルトの酸っぱさとサラリとひんやりした味わい。本来は4つそれぞれの食材があるのだが、スプーンでかなりかき混ぜているので、口にするとそれは4つのものではなく融和して渾然一体としてやってくる。ひとつ、それは固体と液体といった物質的な状態の違うものが、混ざっているからだ。もうひとつはそれが「いちごにきな粉ヨーグルト」という名称という経験としてあるからだ。つまり、食材を買ったり調理して食べるといった過程の総和である。こうした渾然一体となったものは食事のときだけでなかろう。文章を読んでいるときにも同様の経験をしている。

「日露戦記文学の代表作とされる櫻井忠温の『肉弾』は、著者が一九〇四年五月に松山の歩兵第二二聯隊付の少尉として出征し、乃木希典率いる第三軍に加わり旅順攻囲戦に参加、同年八月の旅順第一回総攻撃において重傷を負うが九死に一生を得た体験を綴ったものである。」
堀井一摩『国民国家と不気味なもの』

この文章は123字ある。句点で終わる一文としては長いものだ。わたしは文章をなぞりながら、「日露」「代表作」「櫻井忠温」「肉弾」「一九〇四」「乃木希典」「旅順」「重傷」といったことが自分のなかで混ざりかけるのを感じている。読み終えたときに、櫻井が書いた『肉弾』の背景というものが、渾然一体となったひとつのことになる。なぜ渾然一体となるように感じられるかというと、文法によるセンテンスの構成が、わたしのなかでかたちづくられて、ひとつの構築体になるからだろう。それが渾然一体、ということだ。

20220430

4月30日。太陽がきれいな日。4月末になると雨が多かったので久しぶり。コーヒーも美味しく、連休のはじまりの日なので出だしも軽やかだが、ゆっくりする余裕もなく、準備しているウェブサイトの細かなセッティングやデータの移行に集中していた。洗濯物も溜まってしまった、1週間も洗濯をする余裕がなく、洗濯機を2度にわたってまわす。わたしの家にある家電では一番古いもので、学生のときからずっと使っているものだ。故障するだろうなと思いながらも買った当初からまったく壊れる気配はない。タイマーもまだ健在だし、買い換える理由がないまま今日にいたっている。途中、インターフォンの音に反応して光に変換して点滅する装置が反応する。フラッシュが何度もたたかれる。あれだな、お米だなと思いながら玄関に。佐川急便の方がそれを持ってこられていた。ドアを開けると60近い方で、頭はほとんど白髪で、目つきはたくましく、何年もこの仕事をされているようにみえた。わたしを認めると、すぐにダンボール箱に貼られているラベルを人差し指でさされて、宛名は合っていますかというような確認をされる。「〜というような」と書いたのは、その方がマスクをしていて、何をおっしゃっているのかわからないからだ。ただそのわずかな身振りと、この場面でしか想像されない会話、すべてが予定調和であるかのような時間だ。「はい」と答えると箱を渡されてそそくさと去っていかれた。キッチンで箱をあけて米袋を取り出したのち、椅子に戻ると、洗濯がもう終わっているだろう時間になっていた。太陽はもうすでに昇りきっている。

20220429

4月29日。連休のはじまりだが、研究者にとっては、進行中の研究を進める機会にもなっている。外出の予定もある。ツイッターをみると皆さん忙しそうだ。
わたしには、起床したときに基本的なルーティンがある。たとえばわたしは毎朝に歯みがきや洗顔をするし、トイレにも行くのは毎日変わらない。歯ブラシと歯みがきは基本的に同じものだし(使い捨てではない)、洗顔料も然り。下着、靴下、ハンカチもよく似たもの、同じメーカーのものを使う。いっぽう、朝食はコーヒーとパンが朝食になるのだが、パンに載せるのをいちごジャムかマーマレードかというのがある。いずれも日記に書いた自分で作ったもの。それらは日かわりでいちご、マーマレード、マーマレード、いちご、マーマレード、いちご、いちご、といった具合でリズムが一定しない。だけれど、どちらでもいいと感じている。
ルーティンとは決まった作業(変えないところ)をこなすことではなく、何をしなければならないかが明快に最低限に定められていることだ。いちごとマーマレードどちらもでいいということは、ルーティンから除外されているということであろう。なぜ除外されているかというと、それらはすぐ無くなってしまうことがわかっているからだろう。

20220428

4月28日。依頼を受けた仕事を進めるため、夕方に図書館まで出かけて資料を収集した。最近は大正期の演劇について調べていて、論文で取り上げてみたいと思う。どうやって調べるかというと、本を読んでいて得られたことをデータベースに入れて反応を見たりするぐらいだがこれで論文の構想を練ることができるのは、これまで調べてきたことの蓄積とつなげて考えられるからだろう。北村紗衣『批評の教室』では、ある作品について取り上げるときには分析に必要な関連作品をおさえておく必要があると書かれている(129頁)。指摘のとおりで、常に網目を巡らせておく必要がある。それをわたしは「ひとりのサバイブ」で書いた。
データベースは特別なものではなく、グーグルやcinii、国会図書館のデータベースぐらいである。それらを眺めてどんなものがあるのか確認し、この文献にありそうだな、このあたり時代の雑誌に何か情報がありそうだなという目印をつけておいて、図書館で集中的に調べていき、網に引っかかったものはコピーする。または本を借りる。それを家に持ち帰ってゆっくり検討をして論文を少しずつ書いていく。書いてみればずいぶん平凡な感じに見える。帰路、繁華街の前を通ったらどの飲み屋さんにもお客さんがほどほど入っていて、店の照明に照らされた明るい笑顔にはもうコロナのことがさほど気にされていないか表情があった。テーブルに張り巡らして立っているアクリル板がコロナの思い出として在るようだった。機会があれば、アクリル板について論考を書いてみたい。

20220427

4月27日。ひさしぶりに九段下と神保町に降り立つ。九段下にある昭和館で以前から関心を持っていた雑誌記事からコピーする。そのまま、「SF・冒険・レトロフューチャー×リメイク ~挿絵画家 椛島勝一と小松崎茂の世界~」を見た。わたしは戦前を知らないこともあって、メディアを通じた戦前というとモノクロというイメージがあるのだが、椛島が少年向け雑誌に描いたものは基本的にモノクロで、水墨画の未来系のような印象もした。戦後になると小松崎の作品のようにかなり原色に近い色使いで、タミヤの模型のパッケージのイラストも担当していることを知った。子供の頃、プラモデル店でドイツ戦車のパッケージがかっこいいなあと思っていたが、それが小松崎のものだったのかもしれない。そのまま昭和館を出る。しょうけい館を横切るように東に向かって歩く。神保町に着いて、頼んでいた古書を引き取って外に出ると紙のサンプルを検討しなければならなかったことを思い出して、竹尾の見本帖本店が近かったので寄ってみる。この店舗は西沢立衛さんの設計になるもので、オープンしたばかりの時に見に行ったことがある。入ってみると乳白色の空間から浮き上がるように展示されている紙々の端が少し折れたりしていて、多くの人が出入りしてきたことを思う。奥の方には紙をカットするためのスペースがあり、空間に抗うように薄汚れた木の板や定規が武骨さをたたえていた。

20220426

4月26日。パソコンの画面をみつめている目。トラックパッドに触れて、キータッチをする手。もじょもじょと動くことのある足。右手にはマグカップが、左手には使っている資料が置かれている。今年度でおそらくいちばん大事になるだろう仕事の初動に取り組んでいるところでデスクワークをしている時間がとても長い。統計資料を見ながら入力と検討を進めている。資料もあちこちから取り寄せているところだ。何も音は聞こえない。ただ、キーを叩いたときのプラスチックのガチャガチャとした感じが指先から身体に入ってくるだけだ。窓を見ると雨がポツリと、塊のようにザアと強弱をつけて降っていた。どんな仕事にせよ、関わる人たちと必要な情報を共有して合意形成をはかることだったり、または必要な資料をよく理解することが大事なのだが、そうした地盤はゆるいので、もう少し時間をかけて考えないといけない。GWのあいだにまとめたい。年度のはじまりということもあるのか、タイミングがいいのかわからないが古本が安いのでいろいろと買ってしまう。読む時間が心配になってくるほどだ。

20220425

4月25日。晴れた月曜日。母の日が近いということもあり、欲しいと言っていた買い物グッズを通販で買って送ったら喜んでいた。春になると読書欲がいろいろと出ているのと古書が安いように感じる(年度の切り替わりで流通量が増えるのだろうか?)ので、探し求めているもので安くなったものをいろいろと買い求めている。ゴールデンウィークには研究会が1件、オンラインのイベント(参加のみ)が1件ずつあるが、基本的に読書で過ごそうと思っている。
先日、根津にあるFIVE COFFEE STAND&ROASTERYでキャラメルラテのアイスを飲む。これがひじょうに美味しかった。本も食べ物も人間も作品もそうだけど、これはいいと思ったものはいつになっても身体のどこかにそれと接したときの感覚が残存しているものだ。

20220424

4月24日。雨の日曜日。外出する気もなく、家でゆっくり過ごした。冷蔵庫をあけると洗面器ぐらいの大きなボウルがあった。中にはグラニュー糖とレモン汁で漬けてあったジャムが入っていた。そうか、22日の日記に書いたように、いちごジャムを作る途中だったのだ。家にいるからやってしまおうかと思い、いちごと汁を分け、深鍋に汁を先に入れてから沸かす。グツグツと泡がブクブクしてきたらジャムを入れてそのまま一気に仕上げる。アクがどんどん出てくるので掬う。スマホをほとんど見ることもせず、考えごとを時折していると、どろっとバラ色のようなきれいないちごジャムになっていく。1瓶で500gぐらいのイチゴを使っているかな。この時に作ったマーマレードに比べるとだいぶ楽である。マーマレードは果実と皮を分けたり、ワタを取らないといけないので工程がどうしても多くなる。いずれにしても、こうした料理ができるのは果物が流通するこの4〜5月に限られる。作れなくなったら春の終わり、夏のはじまりだ。
もう少し余裕ができたら、レモネードを飲むためのシロップも作ってみたいと思う。ロンドンを旅したときに、マークス&スペンサーで買ったスパークリング・レモネードが美味しかったのだ。それは、砂糖とレモンが手を取り合ってダンスして、舌のうえを甘みと爽やかさが滑り落ちていくようだった。

20220423

4月23日。気温が25度と春の終わりころのさわやかな風をスキップするように真夏がひたひたと近づいている日。上野の東京藝術大学まで講座を受講。そこでは、オーシル・カンスタ・ヨンセンによる絵本『キュッパのはくぶつかん』に基づくワークショップを受講したのだが、たいへん学びのある内容だった。上野公園まで出かけて自然のものを収集するものだ。「みる」「あつめる」「ならべる」のプロセスを経て、美術館の機能を理解する内容である(とわたしは理解した)。まず、公園を歩き回ってどんなものがあるのか、よくみる。石ころ、陶器の破片、落ち葉、木片、枝などがある。それらは大きさ、色、形状、重さを異にしている。それは知覚が行為によって肌理を変容させるというものだっただろうと思う。たとえば、何かを見るということは屈んで顔を地上に近づけたり、手にとってみないとわからないことだ。そうして集められたものをまずA3の紙に配置したのち、そこから選択して木箱のなかで整えてみて、物語をつくるように展覧会のタイトルと解説を書いてみる。集められたものからさらに圧搾していく過程は、自分の視点をより明瞭に浮かび上がらせる。わたしは野口英世像の周囲で集めたこともあり、「野口英世のなかまたち」というタイトルで構成したのだった。

20220422

4月22日。昨日、夜遅くにスーパーマーケットに寄ったら、1kgほどのいちごが800円だった。いちごジャムにするのを思いついて買う。買い物リストにはなく、買う予定はなかったものだ。なぜ買ったかというと、荷台のうえに陳列されている赤々しい塊のなかからいちごが知覚され、不揃いな形と、量がいちごジャムという想像と結びついたからである。その想像というのは、いちごジャムからいちごを認識することと、いちごからいちごジャムを認識するという運動である。
真っ赤ないちごを手にしてヘタを取ったり切ったりしていると、従姉妹のことが思い出されてくる。わたしの父には妹がおり、わたしのおばにあたる。おばの子どもは姉妹。何かの折に家に遊びに行ったときに姉がヨーグルトにいちごを入れるのを好むのに対し、妹はいちごが嫌いで、ヨーグルトにそれを入れたがらないのだったことを思い出した。それは、いちごを加工するという、いちごを知覚し続ける時間が連続していなければ出てこなかったことだ。昨日書いた雨の話題もそうだが、「もの」がわたしの知覚と連動しつづけることで記憶が引き出されてくるのかもしれない。
ある意味で、そのことと逆行するのが買い物リストなのではないかと思う。買いたいものの名前の羅列である。スーパーで買い物をするときに、買い物リストを作成しておくと忘れずにすむだろうけれども、それはスーパーで作成されるものではなくて、家かどこか別の場所で作成される。言いかえると、それはあるものを切らしているという欠存を探りながら、あれが欲しい、これが欲しいといった欲望をロールプレイしながら作られるのが買い物リストだ。しかしながら、買い物リストだけで買い物はできない。なぜなら、スーパーには買い物リスト以上のものがあるからだ。それらのおびただしいものから買い物リストに該当するものを選別していくうちに、それらの「もの」(いちご)を通じて、いちごジャムという認識に導かれていく。想像しなかったことだ。買い物とはそういう、知覚のハプニングが期待される場所であろう。

20220421

4月21日。図書館でリサーチを終えたわたしは外にでたとき、傘を忘れたことを濡れた路上をみて気づいたのだった。道に出るとナトリウムランプのオレンジに染まった水玉が軽く肌をうつ。その連続する水の運動が何かを思い出す、傘がなかった時の気持ちのことを。少し前のことになるが、グラスゴーの西にヘレンズバラという街がある。そこにはチャールズ・レニー・マッキントッシュの設計になるヒルハウスという住宅があるのだった。曇りの日だったが建築に美しさに見とれて昼下りに出るころは止みそうにもない雨が降っていた。そのとき、傘を持っていなかったことを思い出したのだった。というのも、昨日あたりだったか、傘をエディンバラ行きの電車のなかに置き忘れてしまい、取りに戻ったときはもう無かったのだ。その日はヒルハウス近くのヘレンズバラ・アッパー駅までの鉄道が終日止まっていて、1マイル(1.6km)歩いた先にあるヘレンズバラ中央駅から臨時のバスに乗らないといけないのだった。首をすくめながら道を歩く。髪が、ジャケットが、カバンが、靴が水で滴っていった思い出のことを。そうした、タンスのなかに蔵われていた記憶が開けられたのは雨によってであった。

20220420

4月20日。今日書くことは昨日に似た話かもしれない。ある雑誌に載っている連載小説がおもしろいと思っていた。その内容はある女性が盲になり、言葉も話せなくなるという話だ。ヘレン・ケラーのような身体とでもいおうか。それはともかく、身体障害の歴史を考えるうえでおもしろい素材ではないかと思い、九段下にある図書室でコピーしていた。この連載は単行本にもなっているのだが、入手が難しいのと、雑誌には挿絵が豊富で身体障害者がどう描かれているかという意味でもおもしろいかなと考え、雑誌からコピーしようと思っていたのだった。あとで検めると、わたしのミスでコピー漏れが少しだけあり、次に訪れたときその分を補完しようと思っていた。それで図書室でくだんの雑誌を請求しようと専用のパソコンで検索すると目当ての号が出てこない。あれ、この号だったのではと思いつつ探すも見当たらない。号を控えておいたはずだとノートを確かめるもやはり見当たらない。コピーしたそれは幻だったのだろうか。狐につままれたような顔でスタッフに確かめるとその号は現在修理中で、パソコンには表示されないようにしてあるという。脱力するような話であるが、ままあることだ。

20220419

4月19日。ポストを開けると、厚みのある封筒で古書店の名前が印刷されていた。手にした瞬間にわかった。少し前に頼んでいた社会福祉関係の本だなと思う。机のうえにちょっと置きっぱなしにして、お茶をいれてから袋を破る。タイトルは『社会福祉の〜』で始まるものなのだが、袋から出てきたのは『社会福祉を学ぶ』だった。初めてみる表紙、著者名。パラパラめくると中身も求めている本のそれではない。

まったく記憶にないことだ。わたしはこの本を注文した覚えはない。袋をさぐって明細を取り出すと、たしかに目当ての本の名前があった。古書店が間違えて他の本を送っているのだった。双方において予定されていなかったことだ。頼んでもいない本が手元にあることや、明細にプリントされている書籍名との不整合さ、この本が欲しいのではないというわたしの意思といったことが目的地につながる楔として繋がるように点在している。ほんらい起こるべきことが起こらず、別の出来事が起こったという事象を理解する拠り所になっているということだ。それらの楔を見て、わたしはどうしたら目的とするあの本が手に入るのかという方法を見つけようとする。登山家が他のルートを探したり、車がほんらいのルートから逸れて別の道に入らざるをえなくなり、そこから元のルートに戻るための方策を見つけるまでのあいだのようなことだ。予定されなかったことを現実のタイムラインにつなげるための間とでもいおうか。わたしは古書店に違うものが届いたことをメールしようと判断するまでのあいだ、ほんの数秒もかかっていない。連絡をすると「調査します、折り返します」という旨の返信があったから、向こうも同じような気分になっただろう。ほどなくして交換に応じるという返信があった。

20220418

 

4月18日。昨日の日曜日、愛媛県の清見オレンジをジャムにする。レシピはグラニュー糖を入れて煮込むものでおおよそ、3つのオレンジで1瓶のジャムができる。しかしながら、楽なレシピではない。
まず皮を丁寧に洗い、ヘタを取ったものを半分に切って、皮をむく。皮の裏にはワタが付いているのでそれを削ぐ。実から薄皮をはいでいく。皮は沸騰させた湯で柔らかくしておいて、千切りにする。薄皮をネットに包んで実とゆっくり煮込んでいくと水分が弾けてねっとりした感じになってくる。ひとつのオレンジを皮、ワタ、薄皮、実という4つのレイヤーに分けていく過程があること、グラニュー糖を加えてさらに水を飛ばしていくことを考えると、ジャムはjamという名前のごとく、減算と加算を絶え間なく繰り返すことで、何かを極端に押し込めてしまっている。ウキウキして旅行の準備をするときに圧縮袋に衣類を小さくするために空気を抜いたり、朝の都市の満員電車はほんらいの定員を超えて人たちを無理やり車内に押し込めている。パソコン上では容量の大きいものを圧縮アプリで小さくしたり、リサイズしている。わたしたちはジャムのような日常を生きている。

20220417

4月17日。

最近見た印象的な夢のこと。わたしは左手に何か重いものを持っている。あまりにも重くて目覚めたが、手には何もなかった。カーテンからの光が青白く、早朝であった。早起きする日ではないから、とゆっくりと寝なおすと道路の割れ目から白いものがみえてきた。近づくと雪の風景を模したディスプレイが地下に作られていた。かまくらのようでもあるが、丸みを帯びておらず服を強い力で引き裂いたような入口になっている。
その割れ目のある道路にはガラス張りのギャラリーが面していて、アーティスト本人らしい方が立っている。見ていって、と言いたげに戸を開ける。一面の雪の世界になっている部屋しかない。テレビニュースでみるような豪雪地帯のようになっている。足を踏み入れると雪ではなかった。積み重なっているそれに頭を近づけると和紙と細かな白いビーズのようなものを交互に重ねているようすがわかる。
ギャラリーに親子らしい三人組がやってきた。わたしがみたそれはビーズのようだったのだが、かれらは楽しそうに白いものにさわったり、パンの生地のように揉み込もうとしていた。
外に出るとアーティストが付いてきた。かの割れ目はなく、わたしの実家の近くの風景になっていたので記憶のまま、「あの角を曲がると親が住んでいるよ」と話すとアーティストは「近いねー、やばいねー」と驚いているようだったのを受けて、「そこで書道を学んでいたんだ」と反対の方向にある家を指さそうとしたら、そこはカフェになっていた。
「なくなったのかもしれないね」
歩き出すと古本屋と画材店がある。画材店は入ったところが小さな展示スペースになっていて真っ白な紙に赤、黄、青を一筆、ふた筆とのせていったような作品。パンにジャムを塗った感じがする。奥は和室になっており、茶道をしている人がいて、茶碗顔を覆うかのように近づけていた。

ここで目覚めた。春の光。